厚生労働省|障害者芸術文化活動普及支援事業

厚生労働省障害者芸術文化活動普及支援事業連携事務局

取組コラム

展示も購入も早い者勝ち!高知・藁工アンパンアートバザール

発表の場を自らつくることで生まれる、高濃度な成功体験

高知

2021(令和3)年にはじまり、今年秋には4年目を迎える藁工アンパン アートバザールは、無資格・無審査で誰もが参加可能な「アンデパンダン展」形式で展示・販売を行っている。自主性を重視して、展示方法の決定や作品の値付けを参加者自身が行う運営手法が特徴だ。3年続けたことで、アーティスト同士やアーティストとお客様との温かい交流が生まれ、参加者も来場者も、次の開催を楽しみにするようになっている。 

全国的に、障害者によるアート作品展の公募やコンテスト形式での開催が広がる中で、このアンデパンダン展形式の持つ良さや可能性とはなんだろうか? 事務局を務める藁工ミュージアム 分室の松本志帆子さんに、開催の背景から実施時に施されている数々の施策や工夫、そこで生まれている変化を聞いた。

 

 実は美術史におけるアンデパンダン展の歴史は古く、1884年のパリに始まる。旧来の芸術スタイルを重んじる政府主催の公募展に対抗して、落選した若手アーティストが無資格・無審査・自由出品の原則を掲げて創設したものである。「独立美術家展」の意を持ち、成り立ちからして、表現者の自主自立を背骨とするのがアンデパンダン展なのだ。パリのアンデパンダン展にはセザンヌ、ゴッホ、マティス、ルソー、日本人では藤田嗣治など、歴史に名を刻む芸術家の名が並ぶ。

 世界中で「表現者自らがつくる表現の場」として開催されているアンデパンダン展だが、障害の有無に関わらず行われているアンデパンダン展とは、筆者もこれまでに聞いたことがない。藁工アンパンは、共催のアートセンター画楽代表・上田祐嗣氏のアイデアを、高知県の障害者芸術文化活動支援センター(以下、「支援センター」)が具現化する形で始まった。

松本 高知県では発表の機会が限られますし、参加者が自主的に展示を行うアンデパンダン展のスタイルは、むしろ新しいのではと、アートセンター画楽の上田さんと話が盛り上がり、すぐに実施が決定しました。支援センターの活動としても、障害者の枠に括らずに誰もが発表や参加の機会を得られ、一緒に体験できる場をつくりたい想いがありました。

 

高知

 藁工アンパンの参加に課せられている条件は唯一、「販売する」点のみ。サンプルのみの展示も不可にしているため、来場者は希望すれば鑑賞した作品の全てを購入できる。アート作品だと思うものなら、誰でも展示・販売ができ、サイズや表現手法は問われない。2023年には、58組の作家が1,155点を出品した(パフォーマンスは含まず)。

 これまで社会的に展示機会の少なかった障害のあるアーティスト達は、展示設営の経験や知識がさほど多くないのではないか。「自主的に展示」とは、実際どのように行われているのだろうか? 松本さんに伺うと、スケジュール設定の段階から、「手を出しすぎないサポート」のあり方が工夫されていた。

松本 公募展などでは設営は主催者が行いますが、藁工アンパンでは必ず自分たちで設営いただきます。設営を代理の方にお願いするのはOKにしました。2度目の開催時から、会場下見と相談会の期間を数日間設けました。これまで藁工ミュージアムに来たことがない方にも実際に展示空間をみていただく機会とし、展示方法や準備の仕方について質問があれば詳しくアドバイスをしています。

 展示設営について、運営スタッフは何か危険がない限り、基本的には「見守る」スタンスを徹底しているそうだ。

高知

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松本 アートセンター画楽の上田さんと企画の相談を始めた当初から、自主性をとても大切にしています。ですので、基本的に私たちは展示を触りません。本当に困っていそうな時にだけ声をかけ、どうしたいのかを聞きながらアドバイスを行います。手本を見せることはあっても、作業の手伝いはしません。ですが、会場を時々見回り、気を配るようにしています。

 参加者は事前申し込み不要で、1週間ほど設けられた設営期間中に作品を持ち込む。自分で展示場所を決め、展示設営までセルフで行うのが原則だ。どこまでも、とことん自由。自主的に、やりたいように参加できるのが藁工アンパンの魅力である。展示もどれだけ広いスペースを使ってもよく、早い者勝ち。とはいえ、周りの人のことを考えながら、場所をシェアして使っていく姿も、設営風景の中で見ることができる。互いにそうした経験をしていくことが、社会の中の成功体験につながるのだという。 

松本 参加者には仕事としてアート活動をしている障害者もいれば、施設職員さんが展示にいらっしゃる場合もあります。アーティストの遠藤一郎さんのように、さまざまな作家の作品を10数名分など持ち込んで、わざわざ県外から参加してくれる方も。およそ絵画作品が4割で、ダンボールの立体作品もありますし、作風にはバラエティがあります。

 全体の運営スケジュールは、会場下見と相談会が数日間。搬入・設営期間が1週間程度(搬入・設営期間は一般公開している)。販売準備のため1日の休館日をはさんで、展示と作品購入可能期間が約1週間である。

松本 展示・作品購入期間中に交流会を実施しています。一人一品を持ち込んで、お話をしたりする懇親会ですね。一週間という展示期間は短いですが、短い良さもあり、アーティスト同士やお客さんと交流しやすく、作品や制作方法などについて意見を交わす機会になっています。

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 展示した作品は実際に数多く売れている。障害者の文化芸術活動に限らず、日本のアートシーンでは「作品を購入する体験をもっと身近に」する必要性が囁かれているのだが、藁工アンパンは、そうした課題にも応え、来場者に「買う楽しみ」を提供しているのである。

松本 購入者にはアンケートを書いていただきます。20〜60代まで年代は幅広く、作品購入経験がある方も、初めての方もいらっしゃいます。一概に『こういう方』といえないくらい、多様ですね。回を重ねるごとに、来場者が買うことを楽しみにしてくださるようになりました。

 

 売買の場であるということは、ビジネスであるのだから、初回は無料だった出展料も、2回目の開催からは1,000円。加えて20%の販売手数料をいただく形にしたという。運営費の補填の意味もあるが、ここにも「自主性」の原則が存在する。

松本 出展料で1,000円をいただくのは、少し参加のハードルにはなるとは思います。ただ、販売する場所代を払ってでも、自分の表現を見てもらいという気持ちを強く持ってもらえることが大切だと感じます。お金を払い、頂くからこそ、展覧会での見せ方をしっかり考えてくれるでしょうし。

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 こうした金銭のやり取りを、実際に出店した障害のある作家はどのように感じているのだろうか。ある作家の母親に話を聞くと、当初は「作品は自分の命」と、作品販売に抵抗感を示していたものの、実際に販売をすると、購入者が自宅で飾った写真を送ってくれたりすることで、「作品を愛してくれる人が増えるのはいいこと」と、気持ちが変わってきたという。今では自分で、「これはまた描けばいいから、売っていい」「これは売らない」と決めるそうだ。こうした本人の意思を尊重して、出品作品を決めている。

 作品の値付けに関しては、作家本人も親もとことん悩む(これは作品を販売する人、全てに共通する悩みである)。 

 そして、親の立場としては、親なき後に「この子が画家としてやっていけるのであれば」と、当初は作品販売による自立を期待する想いが強かったというのだが、実際に販売の経験を重ねるうちに、気持ちに変化が現れた。SNSや展示の案内のやり取りなどで、作品を通じたファンとの温かい関係ができ、むしろその「つながり」が大切なのだと感じるようになったそうだ。

 出展料や販売により参加者・鑑賞者のコミットメントが上がることは、「自主性」のコンセプトにも合致しているといえるだろう。藁工アンパンにはパフォーマンス部門も存在する。ステージなどの会場づくりも、やはりパフォーマー自らが参加して行い、参加費は1,000円。来場者から投げ銭をもらう仕組みだ。

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松本 ステージ設営や簡単な音響・照明の使い方も学んでいけると、今後何か自分たちで自立してライブをしていくことにつながるのではと。パフォーマンスの順番なども参加者同士で話し合って決めてもらいます。

 投げ銭ライブを初めて経験した参加者は「こんなにも面白いんだと知った」と話してくれた。路上ライブとは異なり、ステージや音響なども整った良い環境で、お客様にしっかりと自分のパフォーマンスを届けられることの喜びがあるそうだ。

 ここまで紹介してきた通り、アンデパンダン展形式は、出展料、展示や値付けにおいても、参加者にある意味での様々な負荷がかかる。一方で、参加に主体性があるからこそ、得られる数々の出会いやつながり、社会的な成功体験は、嬉しさもひとしおに感じられることだろう。そういう意味では、作品を通じた出会いを楽しみたい人向けといえるのかもしれない。

 高知の藁工アンパンの事例からは、参加者自らがどんな展覧会に参加したいか、公募やコンテストなのか、販売を目的とするのか、はたまたアンデパンダンなのか、時には自分が主催して展覧会を開催する/できるなど、発表の選択肢とスタイルが広がる、新たな未来像がみえてきた。

 

取材・文 友川綾子

取材協力:NPO法人ドネルモ

2024年3月

 

松本志帆子(藁工ミュージアム 学芸スタッフ/ NPO蛸蔵 理事)

大学では歴史を専攻。ボランティアを通じて現代アートに触れ、アートに携わる活動を行うようになる。2010年学芸スタッフに着任。ミュージアム開館準備から運営に関わり、展覧会やワークショップ、演劇・音楽公演、映画上映会などを企画・実施。障がいのある方の表現活動の支援や人材育成なども行う。様々な分野をつなぐネットワークをつくりながら、その時々のそれぞれの「適当」を大切に、様々な「枠」が広がり、誰もが個を大切にされる社会を目指し活動している。


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