地域で生きていくことの豊かさを「現場へのコンサル」と「作品保管展示サービス」から支える(青森アール・ブリュットサポートセンター)
“つくる”を支える知見を共有。外部と協働して発表の機会を創出
青森アール・ブリュットサポートセンター(AASC)では現在、福祉の現場に創作活動をインストールするコンサルティング業務を行っている。そして今後は、障害のある人が手がけた作品を保管・保全し、必要に応じて展覧会へ貸し出す「作品保管と展示サービス」の本格運用にむけて、現在準備中だ。
表現活動が福祉現場や周囲の人々にもたらす気づき、そして障害のある人が地域で生きていくことの豊かさーーそれを下支えする青森アール・ブリュットサポートセンター(AASC)の取り組みについて、代表の大橋一之さんにお話をうかがった。
「表現を支援することの難しさ」を体感、センター事業へ反映
青森アール・ブリュットサポートセンター(AASC)は、社会福祉法人あーるどが2017年(平成29年)度より運営している。同法人は、放課後児童支援を軸としたNPOとして2005年に活動を開始。現在は裾野を広げ、就労支援、生活介護、グループホームなどさまざまなかたちで、障害のある人を含めた地域住民の暮らしを支えている。そうした地域福祉の拠点としての機能を担いながらも、創作活動を切り口に施設利用者が手がけた作品を発表する企画展の実施や、現代アートをメインに扱う県内の美術館との連携も盛んに行っている。代表の大橋一之さんは、これまでの活動を振り返りながら、「障害福祉施設の活動のなかにアートを取り入れること」には2つの難しさがあると語る。
大橋 まずは創作活動を取り入れたくても、なかなか取りかかれない法人もあると思うんですよ。自分の法人も活動初期は、重度の自閉傾向のある児童が多かったので、まずは集団で一緒にいられるようにするところから支援が始まっていきました。画材を揃えて机に座るまで、その基礎的な環境設定や情緒の安定にコストを割いている現場も多いのではないかと思います。
その後、利用者個々の支援が進み、施設として基礎的な環境づくりが進んだ頃から、創作活動を日々の支援のなかで積極的に取り入れ始めた。その黎明期から、現場で働くスタッフが「その人らしい表現」を支援することの難しさに直面したという。
大橋 あーるどの場合は、芸術分野出身のスタッフがいなかったため、創作活動を取り入れ始めた頃は料理教室のように、同じ素材で、同じ手順で、一斉に作り始め出してしまって、なかなかその人らしい作品が出来上がるまでに苦心することもありました。私たちときっと同じように創作活動を取り入れたくても出来ない、もしくは悩みながら試行錯誤のなか取り組んでいる、似た悩みを抱えている福祉施設は多いはず。創作活動を取り入れるまでに紆余曲折を経ている私たちだからこそのノウハウがあるのではないかと思い、支援センターの活動として2022年(令和4年)度から、福祉施設向けのコンサルティング事業を始めました。現在は岩手の「るんびにい美術館」のアートディレクター板垣崇志さんをお招きして、アートを活動に取り入れている県内の福祉施設3拠点に2回ずつ来てもらって現場でアドバイスをもらうことにしたんです。
大橋 障害のある人のアートを多く社会に届けてきた板垣さんの視点から意見をもらって、専門の美術教育を受けていないスタッフでも、それぞれの特性を踏まえて、彼らが滲ませている「表現」を少しずつ拾えるようになってきました。例えば、少し震えのある味わい深い文字を延々と書く人には、30mのロール紙をキャンバスにして、筆跡がはっきりとわかる油性マジックで書いてもらう。現在その作品は展覧会でセンターを飾るシンボリックな作品になっていますし、徐々に「その人らしい」作品を生みだすサポートができるようになってきているのではないかと思います。
その人らしい作品を生み出すために、どんな素材や、どんな画材や手法を選択するのか。日々行われる創作活動にスタッフも伴走しながら、展覧会などで作品が「飾られる」経験も増えていく。そのなかでさらに「徐々に最終的なアウトプットのイメージを掴めるようになってきたのではないか」と語る大橋さん。現場で見つけたニーズを拾い上げ、支援センターの活動へとつぶさに変換している。
「障害者を支援する」から「その人を支援する」へ変わる
大橋さんの福祉の原風景は大学時代にまでさかのぼる。当時は人気(ひとけ)のないところに福祉施設が建設されることも多かった時代、大学の恩師が北海道の街中でギャラリーカフェを併設する福祉施設を立ち上げた。ギャラリーでは作家の人となりが伝わってくるような丁寧な作品展示があり、カフェも地元住民が障害のある人と柔らかく関わりあう場所として機能していた。その先駆的な光景と「地域で生きていくことの豊かさ」に心を打たれた大橋さんは大学卒業後、福祉施設で数年勤務したのち、地元青森で法人を設立した。
2011年度には、五所川原市金木町でコミュニティカフェ「MuSuBuカフェえいぷりる」をオープン。そこで初めて、障害がある人の作品を飾る展覧会を行った。その展覧会がさまざまな人に「心温まる」小さな変化をもたらしていた。
大橋 カフェオープンの報せを聞きつけて、近隣に住む障害のある人が自発的に、作品を送ってくれるようになったんです。ある程度作品が溜まってきたところで、その人の展覧会を開きました。作家さんのご家族も観に来てくださって、照れ隠しもあるかと思うのですが、しきりに「こんなものの何がいいんですかねえ……」と話していたのが印象的でしたね。
作品発表の場所ができたことで、サービス利用者でなくても障害のある人と福祉施設の間につながりが生まれた。そして作家のそばでいつも見ているご家族も、普段何気なく描かれているものが空間に飾られている光景を目にして、普段の関係性から少し離れた状態で本人を再発見する時間になる。作家にとっても、ご家族にとっても、展示を企画した福祉施設にとっても、日常から飛び出し価値観が揺らぐ契機になったことは間違いない。その人の絵は、現在法人で保管されており、先日「函館美術館」からのオファーで出展を果たし、いまも絵を目にした誰かの心を揺さぶっている。
大橋 例えば利用者さんの特徴的な文字を使ってステッカーを作ったり、展覧会を開いてみたり。障害のある人の個性をアート的な視点でとらえなおしてみることで、家族やスタッフ、ひいては社会が、その人を「障害のある人」から「その人個人」へと見え方を変えられる。社会のなかで彼らの新しい役割を生み出せるような支援のかたちが、アートを介することで実現できるんじゃないかと思うんです。
どうしても、福祉の現場で働いていると日々の支援がルーティン化して、スタッフ一人ひとりが、利用者それぞれのよさを拾えなくなる瞬間が来ることもあります。仕事の喜びが徐々に、不適応行動を起こさないようにする「マイナスをゼロにする支援ができているか」に置き換わってしまう。もちろん、利用者が安定した生活を送れるよう支援業務をマニュアル化していくことも重要です。ですが、それ以上に「その人らしさ」にスポットを当てることや、その人の素晴らしさを皆にどう知ってもらうかを考える「ゼロをプラスにする支援にチャレンジする」ことには、さらなる豊かさが宿っているはずなんです。
福祉の現場にアートや芸術文化活動があることで、これまでの関係性やイメージがほぐれて、その人個人を見つめ直す機会へとつながっていく。こうした現場経験の蓄積が、支援センターの活動の核となっている。
「作品保管と展示サービス」で発表や展示の機会を担保
青森県は「青森県立美術館」「八戸市美術館」「十和田市現代美術館」「弘前れんが倉庫美術館」など、現代アートを扱う拠点が多い。法人の活動で関わる機会が増えて徐々にネットワークもでき始め、支援センターとの接続も本格的に見据えている。そのひとつが「作品保管と展示サービス」である。このサービスは、障害のある人が手がけた作品を、絵画・立体物など問わず保管し、必要に応じて美術館や展覧会、企業等が保有する展示スペースへの出展をサポートするというものだ。
大橋 公募展など出展の折に、作品を見かけた美術館側から「同じ作家の作品を再度、別の展示で貸し出してほしい」と声をかけてもらう機会があるのですが、その際にご本人やご家族、学校に連絡すると、すでに廃棄されていたり、壊れてしまっていたりするんです。このサービスがあれば、そうした機会を不意にせず、障害のある人に作品発表や展示の機会を提供できるのではないかと事業を構想しました。
2023年度は同法人が運営するゲストハウス「こるれおん」の展示スペースで、保管サービスの本格運用を見据えた模擬展示を実施。実際にテストをするなかで、課題がいくつか洗い出されてきた。
大橋 まずは作品を保全するために、展覧会場へ専従スタッフをつける人的コストの問題ですね。次に、作品を預かるときの破損も含めた保障や規約を整備しておくことも重要だと分かりました。作品はさまざまな素材や手法でつくられるため、変形や劣化、破損についてもサービス利用開始時に作家サイドと保管サイドで意識をすり合わせておくことが重要なんです。
美術の専門知識のあるアーティストなら、自分の作品の強度や扱う素材の性質はある程度理解しており、展示方法についてもそこまで認識を合わせることは難しくない。しかし、障害のある人たちによって生み出される作品群は、展示されることを念頭に置いていないものも多く、保管・展示をするうえでは強度的に不安定だったり、用いた材質や画材によっては劣化が早く保存方法に注意が必要なものもある。これを受けて、作品を預かる際に作家側と結ぶ保管に関する規約を、弁護士監修のもと作成し、本格運用に備える。
さらにこのサービスを運用するうえで重要性を感じるのが、作家のご家族や学校、施設といった協力者とのコミュニケーションだという。
大橋 公募展などを行うなかで、障害のある人の作品が注目される機会も増えてきました。長年そばにいるご家族からすると、彼らが何気なく日々作り続ける作品に、いきなりスポットライトが当たって評価を受けて、どう受け止めたらいいかわからず気持ちが動揺する方も多い印象です。そうしたときに、展覧会のなかで聞いた来場者の声や率直な感想を共有しあいながら、彼らの作品の「社会的な価値」について一緒に、チューニングを合わせていけたらいいなと思います。
施設内で行われている創作活動を軸に、外部と協業して発表の機会へと発展させながら見つけたニーズ。それを反映させて生まれた支援センターの「作品保管と展示サービス」事業。その実現を推し進めるなかで、さらに次の段階として「保管作品を活用した商用モデルの確立」が見えてきた。
大橋 まず大前提として、利用者の工賃として彼らの生活に還元されるようになること自体がやはり重要なことです。そのうえで、グッズを手にした人たちが「経済的な価値」を入口に「社会的な価値」に気づいていくことも、とても意義があることだと思います。今後、支援センターとしてどう関わるかはこれからの課題ですが、直接販売が難しい場合でも、作家と福祉施設とグッズ制作会社をつなぎ、契約のガイドをするような中間支援的な働きもいいかもしれませんね。あるいは、今年で2年目になるコンサル事業のテーマを「つくること」から「ブランディングの方法」にシフトして、有識者の力を借りながら、アーカイブした作品を別団体と協業して商品化するなど、広がりのある展開も可能なのではないかと画策しています。
こうした福祉とアートが交わる“交差点”で長年活動をするなかで、大橋さんが忘れないようにしたい大切なことがあるという。それは「文化芸術がもたらす“異色さ”が、地域づくりには必要だ」ということ。
大橋 障害のある・なしに関わらず、アート作品がもたらす驚きや発見、自分では思いつかないようなものに触れることで、人や街、地域のキャパシティが広がっていくんじゃないかと思うんです。障害がある人の作品を含め、現代アートにも共通する「ちょっと社会を傷つける」ような所作が、社会の許容量を拡げますし、他者に思い至る想像力へとつながっていく。ここに、アートと福祉の相性の良さ、そして障害者芸術文化活動普及支援事業の意義に通じるものがあると感じているんですよ。
こうした文化芸術に関する事業は効果や変化が目に見えにくく、数値化しにくい部分もあるかもしれない。そう前置きしながらも大橋さんは、障害のある人が表現手段を得て、その地域の一員として生きていく豊かさを、長年福祉の現場で体感してきた一人。その思いを胸に、支援センターの事業として今後も「創発を地域に起こす、その可能性の下地づくり」を担っていく。
取材・文 遠藤ジョバンニ
2024年3月
大橋 一之(社会福祉法人あーるど 理事長)
1980年青森県五所川原市(旧金木町)生まれ。2005年障害者支援施設で2年間の勤務を経て、NPO法人あーるどを立ち上げる。2009年青森県のモデル事業である発達障害者支援体制整備事業の圏域支援体制整備事業の委託を受ける。モデルとなるつがる市において、分野を超えて連携した支援を行うための包括的個別支援計画書を策定できる支援体制を構築する。2016年青森県より事業を受託し、青森県発達障害者支援センター「わかば」(津軽地域)を五所川原市に設置、センター長に就任(~2018)。2018年社会福祉法人あーるどを設立し、初代理事長に就任。NPO法人の事業を移行し、新たにスタートをきる。青森県地域福祉支援計画検討委員。五所川原市社会福祉協議会 監事。つがる地区障害者就労支援連絡会 理事。