厚生労働省|障害者芸術文化活動普及支援事業

厚生労働省障害者芸術文化活動普及支援事業連携事務局

取組コラム

福祉と演劇、互いの文化やルールの違いを乗り越えたからこそ 相手への理解が進み、次なる可能性が見えてきた(三重県)

思いを伝え、情報を共有し、弱みもさらけ出す

〜文化施設・劇場との取り組みをどうやって始める?〜

障害者芸術文化活動普及支援事業をすすめる支援センターの中からは、美術館や劇場などの文化施設とのつながりをいかにつくり、どのように協働を始めていけばいいのか?ということに悩む声が聞こえてくる。一方で、文化施設の側にも、地域の福祉施設や当事者団体と共に事業を立ち上げる機会や方法を模索したいと考えている方たちもいる。2024年(令和6年)4月1日から合理的配慮の提供が民間事業者にも義務化され、鑑賞支援などへの関心が高まっており、支援センターと文化施設が手を取り合うには格好のタイミングではないか。三重県障がい者芸術文化活動支援センターは、三重県総合文化センターとの理想的な出会いを経験し、新たな未来まで切り拓こうとしている。三重県障がい者芸術文化活動支援センター事務局長・伊藤美智子さん、三重県総合文化センターに勤務する近藤穂波さんにお話を伺った。

三重県障がい者芸術文化活動支援センター
2020年(令和2年)9月に開設。運営は公益社団法人三重県障害者団体連合会が担当している。2012年(平成24年)度から続く三重県障がい者芸術文化祭を支援センターに引き継ぎ、2021年(令和3年)度末からは新たに県内を巡回する『みえアールブリュット』をスタートさせた。『みえアールブリュット』は、三重県障がい者芸術文化祭の受賞作品とともに、三重県の障がいのあるアーティストの作品を展示し、三重の“アールブリュット”等を発信していく試みである。

『メゾン』で得た他分野との協働の手応え

2024年1月26日(金)、舞台手話通訳・字幕・音声ガイドつき演劇 『メゾン』が終演した三重県文化会館小ホールのロビーでは、“手話の花”が咲き誇っていた。伊藤さんは、笑顔で、けれど申し訳なさげに、手話の会話が止まらないお客様たちに、ホールの扉を閉めなければいけないことを告げる。
『メゾン』は、TA-net(シアター・アクセシビリティ・ネットワーク)が舞台手話通訳養成講座の教材として創作した、演劇作品だ。三重県障がい者芸術文化活動支援センター(以下、支援センター)が主催し、三重県総合文化センター(以下、総文)の共催で企画され、聞こえない人のほか、見えない人、身体が不自由な人など普段の公演ではあまり見かけない客層が客席に集った。

伊藤 『メゾン』を通してわかったのは、今まで文化、福祉が互いに壁をつくってしまっていたけれど、挑戦しようという気持ちを持つことが大事だなって。4人のスタッフが兼務で働いている私たち支援センターからすれば、総文さんは圧倒的に大きな組織。でも勇気を持って助けを求めることも必要だということなんです。障害のある方々の生活を豊かにしていきたいとの思いを素直に伝え、情報を共有し、弱みをさらけ出すことで、助けていただくことができる。

伊藤さんがそんなふうに明るく語る言葉が、取材を通して強く印象に残った。

『メゾン』三重県公演より。舞台手話通訳も役者のように舞台に溶け込んでいる

『メゾン』三重県公演。左端が音声ガイドナレーター、右端が舞台手話通訳者

情報保障、鑑賞サポートを軸につくられた『メゾン』

『メゾン』は、3人の俳優が、両親と息子の30年間をつむぐ心温まるストーリー。照明が点滅すると始まる合図であること、舞台の広さを実際に歩いて紹介するなど、『メゾン』で採用しているルールや舞台上の情報が伝えられ、いざ開演! 舞台手話通訳者や音声ガイドナレーターが時には役者のように物語の中に違和感なく存在し、時には観客と同じようにリアクションする。セリフの補足もする。字幕は舞台の後方に映し出された。情報保障、鑑賞サポートが支援を必要とする方のために後から加えた翻訳・通訳者ではなく、舞台上の表現者、作品の前提としていなければならない構成員なのだ。舞台手話通訳の第一人者である米内山陽子さんとTA-netが演出を練りに練って、聴覚に障害のある観客が自然にお芝居に入り込める環境をつくり出した。事前の広報も功を奏して149人もの観客が集まり、観劇後に集まった95人分のアンケートから、日常で手話を使っている方が45人もいたことがわかった。

開演直前に舞台手話通訳が観劇のためのマナーやルールを伝えた

近藤 舞台上で手話通訳さんが演者の近くにいる、それは役者の一人として存在しているよう。音声ガイドも同様で、情報保障はプラスアルファの要素ではなく、それありきで演出が検討されている。健常者の私たちにもセリフだけではなく補足的な手話などの表現も同時に入ってくるので、普段の演劇体験よりも情報量が非常に多く、とても面白く感じました。

伊藤 私はロビーのモニターで観客の様子を見てましたが、観客の皆さんはすごく生き生きした表情をしていた。お帰りの際に「ありがとうございます」とお声がけすると、多くのお客様が「良かったよ」「感動した」「また開催して」と返事をくださった。健常者のお客様も「良かった」とおっしゃってくれましたし、本当に良かったんだなと。それを聞いた瞬間に大成功やったかなと思いましたね。

公演には、同日の昼間に、関連企画として鑑賞サポートワークショップも行われた。鑑賞サポートの必要性および具体的なサポートの知識、接客などを学ぶ内容。「観る側も、演じる側も、バリアフリー」を理念に掲げるバリアフリー演劇結社ばっかりばっかり主宰・俳優の鈴木橙輔さん、同劇団の全盲の女優・美月めぐみさん、そしてTA-net理事長の廣川麻子さんの講演後、実際に館内をめぐり、公演時に必要となる受付やトイレで必要なサポートなどを確認した。
ワークショップの参加者は、視覚、聴覚、車椅子利用などの障害のある方、手話通訳者、文化施設職員など定員を超える26名と見学者7名の33名。「さまざまな立場の方と一緒に学ぶことができ、貴重な体験をした。今後の生活で生かしていきたい」との感想もあり、観劇まで含めると長丁場だったが満足度も高かったようだ。伊藤さんも「聴覚障害の方が視覚障害の方を案内する、その逆の関係も見受けられ、夢のような時間でした」と振り返った。

鑑賞サポートワークショップの様子

鑑賞サポートワークショップの様子

異文化、異分野とつながって社会包摂的な事業を
三重県総合文化センターの“未来”が原動力に

支援センターと総文はどんなふうに関係をつむいでいったのだろうか。

伊藤 これまで私たちは美術展の開催はしていたのですが、活動を他分野に広げるにはどうしたらいいかと悩んでいたところに声をかけていただいたのが出会いの最初です。なぜ今まで接点がなかったかというと、前任者からは(三重県)障害者団体連合会が文化施設に何かをお願いにいくのはハードルが高かったと聞いています。一緒にお仕事などできないという印象を持っていたのです。ですから総文さんから近づいてきてくださったのは本当にありがたいことでした。

伊藤さんは県の職員を退職後、三重県障害者団体連合会の常務理事兼事務局長となり、支援センター事業開始直後に業務に携わることになった。しかしながら福祉も芸術文化も門外漢。終始、笑顔と元気のいい関西弁で対応してくださる伊藤さんだが、すべてを手さぐりで乗り越えてきた。演劇公演に挑戦することにも不安を抱えていたそうだ。

総文は、文化会館、生涯学習センター、男女共同参画センター、県立図書館、放送大学からなる複合施設。三重県文化会館は中部地域では演劇のメッカで、ここ数年は「介護を楽しむ」「明るく老いる」アートプロジェクトを実施し、高齢者にも活動を開いてきた。また2020年から部署横断型のプロジェクトチーム “コネクトそうぶん” を立ち上げ、手話やろう文化をテーマにした企画を実施したり、職員間で「未来の総文」のあり方を考えるための会議を実施したりと、新たな取り組みを広げていた。

近藤 コネクトそうぶんではなるべく多くの方々に親しんでいただける文化施設のあり方を模索していました。多様性への理解、配慮の視点も持ちながら、異文化異分野とつながって社会包摂的な事業も実践していきたいと。同じ時期に支援センターが開設したことは知っていたのですが、いきなり何かを形にするのは難しいので、まずは話を聞きにいくことになりまして。ご挨拶を兼ねて、芸術文化活動に関して困っていること、私たちが手伝えることがないかを知るために、伊藤さんを訪ねたのです。

TA-netが支援センターに『メゾン』を提案したのは、2023年(令和5年)9月、まさに両者が出会った直後だった。伊藤さんはTA-netに近藤さんを紹介し、つなぐ。

近藤 私自身、舞台の手話通訳について関心が芽生えていた時期で、実は『メゾン』の公演動画も見て興味を持っていました。でも実際に実施するとなると集客や、どういう障害の特性を持ったお客様が来てくださるのか、その方々に私たちがちゃんと対応できるのか不安がありました。芸術文化のアクセシビリティの専門家として、支援センターやTA-netと一緒だったことは心強かったですね。

多様な経験値を持つTA-netが両者の潤滑油になったことも大きかった。大急ぎでスケジュールを調整するが、三重県文化会館は土・日曜の空きはすでになく、金曜日で実施することになった。

チラシ一枚にも大きな気づきがあった

支援センターと総文はミーティングを重ね、互いができる役割を洗い出し、隙間にこぼれ落ちることがないように振り分けた。最初のハードル、つまり文化、ルール、考え方の違いがもっとも顕著だったのは、広報と券売だったという。

伊藤 私たちがやってきたイベントは、団体の集まりの交流会やスポーツ教室のようなことで、個人のお客様からお金をいただくようなイベントの経験はありませんでした。『メゾン』のような大きな催しは初めて。そもそもどう宣伝して、どうチケットを売ったらいいの?と弱音を吐きました(笑)。

『メゾン』では、ふだん演劇を観たことがない方々に、安心して劇場に来てもらうことが狙いだ。手話入りの動画での告知も行った。しかし障害のある人にはまずは公演情報そのものをどう届けるかがハードルになってくる。また演劇のチラシは、出演者、劇作家、演出家の名前で売っていくことが多い。その常識よりも、公演の意義も伝える必要があった。チラシのデザインや公演内容・鑑賞サポートに関する文字情報に関してはTAーnet主体で進め、購入方法や問合せ窓口の表記については支援センターと総文とで試行錯誤を重ねた。

『メゾン』のチラシ画像

近藤 おっしゃるように、どういう鑑賞サポートがあって、どうやってチケットを購入できるかをここまでメインにしてチラシをつくったのは初めてでした。購入方法を最初に持ってきたのも珍しいケースですが、工夫の一つです。例えば、ただチケットセンターと言われても、なじみのない方が多いでしょう。最終的に当日精算希望の方は電話、ファックス、メールで支援センターで受け付け、ウェブや電話、チケットセンター窓口で購入したい方は総文で受け付けることになりました。最初は窓口が一つの方がわかりやすいと思ったのですが、販路がいくつもあった方がいいという意見をいただきましたし、障害のある方は支援センターや福祉の窓口が身近です。これらの情報をどう書くかはめちゃくちゃ相談させていただきました。

『メゾン』三重県公演

ほかに鑑賞支援サポートの説明についてもスペースを割いたし、終演時間や同行者への対応など普段は入れない要素もいろいろ付け加えた。こうしてできたチラシは手分けして配布した。

伊藤 支援センターからは県内の障害者団体、障害者支援施設のすべてに送りました。三重県障がい者芸術文化祭でも配布したり、三重県障害者団体連合会の機関誌に挟んだり。他にも特別支援学校、市町の福祉課、社会福祉協議会にも送りました。全部で1万部ぐらい配布したでしょうか。最初はそんなに刷らなくてもと思いましたが、今回は鑑賞につながらなくても、こういう活動を知っていただく、今後に生かしていただけることも大事だなと。

近藤 私たちは通常通り文化施設などに送り、公演でのチラシ折り込みもしましたが、福祉の関係団体には支援センターから送ってもらったことで信頼を得られたと思います。いきなり劇場から送っても信頼感がないというか。本当にサポートが十分にあるの? 行けるの?と不安に思われてしまうところもあるかもしれません。

お二人の話からは当時のさまざまな悩みや葛藤が伺えた。しかし、両者が前向きにタッグを組んだことで、大きな成果を上げることができた。伊藤さんも「支援センター単体では実現できなかった高いレベルの事業を実施することができました。多くの組織と協力関係、ネットワークが構築され、芸術文化の発信において専門機関とノウハウを共有することができた」と感じている。この思いを表したのが「思いを伝え、情報を共有し、弱みもさらけ出す」という冒頭の言葉だ。
 
また、TA-netの担当者からも「開場前にたくさんのお客様(手話を使われる方ばかり!)がズラリと並び、公演を待っている様子を見た際には、胸がいっぱいになりました」と労いの言葉が届いた。

もちろんすべてがうまく行ったわけではない。

近藤 全席自由の公演でしたが、車椅子のお客様や補助犬を連れた方のための席、音声ガイドが聞きやすい席などを、どこまで確保しておくべきか、とても迷いました。支援センターの皆さんと相談し合いながら設置してはみたものの、TA-netさんからは決めすぎてしまうと、お客様が席を選ぶ自由がなくなってしまう、というアドバイスもいただきました。補助犬のお隣がアレルギー等の観点で本当は避けたほうがよいお客様もいらしたかもしれません。障害の程度を聞き取りするのも聞きすぎてもいけません。要望に応じて臨機応変に対応する、という方針でも良かったかもしれませんが、今回はほぼ満席の公演でしたので対応できない要望もあり、やっぱり難しさを感じました。

伊藤 どこまでそうした配慮をするのがいいのか、正解はないと思うんです。ありがたいことに満席だったために、先に席に座られている方に「車椅子ユーザーの方がいらっしゃったので、お席を移動していただけますか」とはなかなか言いにくかったですね。どんな障害の方がどのくらい来ているかなど、案内の仕方は最後のツメの部分で甘かったかもしれない。車椅子を利用されるお客様のスムーズな導線を確保できなかったことは反省点です。
 
反省を挙げたらキリがない。とはいえ、その後、伊藤さんは三重県立美術館の文化庁助成事業「美術館がつなぐ共生社会推進事業」(令和6年度)の委員に就任するなど、いくつもの新たな展開も始まっている。また支援センターとしても新たにダンスを取り入れるため、兵庫県神戸市にあるダンス専門の劇場「DANCE BOX」とつながったり、大阪府堺市の国際障害者交流センター(ビッグ・アイ)のワークショップに参加するなど着々と準備をしている。『メゾン』で開けた扉の向こうの、また新しい扉を開けようとしているのだ。

2024年8月取材
文:いまい こういち

伊藤 美智子
公益社団法人三重県障害者団体連合会 常務理事兼事務局長

三重県津市生まれ。2022年3月三重県庁(総務部総務事務課長)を定年退職後、4月に現職に就く。市町障害者団体の交流事業、国や県への要望活動、障害者社会参加促進事業等に加え、障害者芸術文化活動普及支援事業を行う。一人ひとりの障がい者が幸せを感じるための支援を目指している。そのためにも、皆が元気で、楽しく仕事ができる環境づくりに努めたい。

近藤 穂波
公益財団法人三重県文化振興事業団 三重県総合文化センター 施設利用サービスセンター 施設運営課

愛知大学文学部メディア芸術専攻でアーツマネジメントを学ぶ。大学卒業後、(公財)三重県文化振興事業団に入職。三重県文化会館事業課音楽事業係を3年経た後、2019年より現職。貸館業務を行いながら、2020年より部署横断型プロジェクトチーム「コネクトそうぶん」メンバーとして活動している。

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