厚生労働省|障害者芸術文化活動普及支援事業

厚生労働省障害者芸術文化活動普及支援事業連携事務局

取組コラム

「ありのまま」の豊かさ伝えた『のままとがまま展』。展覧会から生まれた、熱意とノウハウを育むネットワーク(富山県)

“やってみたい”をつなぐ場と人づくりとは

〜文化施設やメディアを巻き込み、ともに発信する〜

富山県障害者芸術活動支援センター・ばーと◎とやまは、「Be=ART」=存在すること、生きること」は「表現」そのものである、というネーミングに込められた思いの通り、県全域を対象に、誰もがアートを通して社会参加でき、豊かな生活を送ることにつながるよう、相談対応、人材育成、芸術環境・創作活動のサポート、発表機会の創出、アーカイブ、交流事業など様々な取り組みを行っている。

2023年には氷見市芸術文化館で『のままとがまま−氷見のアール・ブリュット展−』が開かれ、この展覧会をきっかけに人材育成の取り組みも始まるなど、新たな広がりを見せている。ばーと◎とやまを運営するアートNPO工房ココペリの米田昌功さん、アートディレクターの土居彩子さん、舞台芸術アドバイザーの荒川裕子さんに、展覧会の背景や工夫、その後の広がりについて聞いた。

安定した魅力の発信と、新しい魅力の発掘

「ありのまま。あるがまま。そのまま。いつものまま」。自分らしく独創的な表現は人の心をとらえ、つなぎ、豊かにする力をもつ−−。そんなメッセージを込めて、『のままとがまま展』では県内で活動する障害のある人の作品の魅力を発信。展示は二部構成で、企画展『がまま展』は富山県で活躍する障害のある作家の多様な表現を紹介するもの。公募展『のまま展』は富山で「ハンディキャップを感じながらも、創作活動を頑張っている人たちを発掘・応援するプロジェクト」だそうだ。

ノママとガママチラシ画像のサムネイル

2023年9月に開かれたNOMAMA to GAMAMA(のままとがまま) ~氷見のアール・ブリュット展

米田 企画展はすでに活発に活動を行なっている人や独創性が抜きん出ている人向けに、まだ発掘が追いつかない部分は公募展という形で、それぞれに合わせた展示を行いました。そうすることで、富山で障害のある人の表現のクォリティや安定した魅力と、“それだけじゃないよ”という新しい魅力を発見できる場所になればという思いでした。

『がまま展』では県内21人を含む招待作家計28人の作品約240点を展示。『のまま展』では県内60人の作品約980点が展示された。障害のあるなしに関わらず、多くの人に楽しんでもらおうと、マルシェや親子で楽しめる創作体験、ドキュメンタリー映画の上映会、命の尊さを伝える 写真展など、さまざまなプログラムも同時に開催。22日間の会期で2732人が会場を訪れた。

米田 いろいろな人に気軽に来てほしい、日常の中にあるものとして見てほしいという思いがありました。障害のある人の技術に触れたら絶対に何か感じてもらえると思って、そこに巻き込みたいと。「絵画に興味がない人も、マルシェやワークショップ、パフォーマンスなど 興味があることを一緒に楽しめばいいですよ」という場を作りたいと思いました。

子どもから大人まで楽しめる創作体験やワークショップを開いた

作品は「持ち込み」で。じっくりとヒアリングするわけ

美大出身で日本画家の顔も持つ米田さんは、アートを「楽しませる」ことへのこだわりは人一倍。新たな作家の発掘・応援を目的に募った『のまま展』では、募集方法も工夫した。原則すべて「持ち込み」としたのだ。『のまま展』でアートディレクターを務めた土居さんがその意味を話す。

土居 なぜ持ち込みなのかなと。郵送にすればもっとたくさんの人が応募できるし幅が広がるのにと思いながら。でも見ていると、作家さんの話をじっくり聞く。なぜその作品が生まれたのかという話から、どういう状況でその作品が生まれたのか、関わっている人はどんな人で、どんな関わり方をしているのかまで、30分ほどの聞き取りが始まるんですね。持ってきた絵画の中にぽろっと紙の塊が混ざっていたりすると、それすら“面白いですね”って。持ってきた人も“これが?”みたいな。でも、これも作品なんだと周りの人の見方が変わると、作家さんも自分が肯定されていると思って変わっていく。持ち込みの意味はここなんだと感じました。

舞台ホールの客席 いっぱいに展示された作品たち

米田さんと土居さんの作家たちとの対話 で得られた情報は、作品に添えられるキャプションやダイナミックな展示で活かされ、来場者を楽しませた。また『のまま展』に展示された作品のいくつかは、その後、他の展覧会にも招待されるなど、作家の次の発表機会にも繋がっていた。「これまで全く発表したことがなかった人が、二回、三回と続いていく。そうやって作家さんに元気が出ればいい。そして、作品の多様性が他の地域にも伝わっていけば」と米田さんは話す。

美術とダンスの共通点は「自分らしさ」

“ありのまま。あるがまま”の豊かさを伝えた『のままとがまま展』。自分らしさを表現する場として、美術 のほか、身体表現のワークショップも同時に開いた。『ゆれる おどる つなぐ ワークショップ』は、照明や影を使って自由に身体を動かすことや表現することを楽しむプログラム。同時開催の経緯を米田さんが振り返る。

『ゆれる おどる つなぐ ワークショップ』

米田 2022年に「第4回とやま世界こども舞台芸術祭」という催しが開催されて、プログラムのひとつとして、支援学校の子どもたちを対象に身体表現のワークショップを行いました。それが、運営に携わった広域センターの坂野さん、荒川さん、見学に来ていた県内文化ホール職員やボランティアの皆さん、特に芸術祭の主催者の富山芸術文化協会の方たちにとってはエポックメイキングな取り組みだったようで、「こういう形を続けることができたら」という話だったんですね。私もこれをきっかけに、富山で身体表現を定着させて、他の地域の広域センターや他県の支援センターで講師の先生が行ったり来たりするような形で広がればいいなと期待して、『のままとがまま展』でもダンスワークショップを企画しました。

「美術とダンスには共通点がある」のだと米田さん。

米田 障害者による芸術文化活動はいわゆるスキルや知識がなくても、独創性を認めてちゃんと価値あるものとして皆さんが大切にしてくれる。美術 以外のジャンルでは、コンテンポラリーダンスがそうだろうと。これもスキルとは関係なく、独創性やその人自身が満足した踊りで完結していればオーケー。この二つがきっと障害者と親和性の高いジャンルなんだと思ったんです。

参加者はあるがままの自由な表現を楽しんだ

文化施設や福祉施設のスタッフなど、“企画の担い手”を育む場

展覧会の開催はその後、さまざまな動きももたらした。ばーと◎とやまが今注力するのは「担い手の育成」だ。展覧会から翌年の2024年、文化施設や文化団体の職員、アーティスト、福祉施設の職員、障害のある人のアート活動・合理的配慮の取り組みに関心があるすべての人を対象に、研修会が開かれた。背景には、劇場と支援センターが共同開催した「のままとがまま展」において尽力した市役所職員の人事異動で感じたことがあったからだ。県内を中心に障害のある人 の表現活動に長く携わり、『のままとがまま展』ではダンスワークショップのコーディネーターを務めた荒川さんが当時を振り返る。

荒川 関心のある職員が異動してしまうと、企画が続かなくなってしまうというのはある意味仕方のないことで。公共劇場で社会包摂につながる事業が浸透してきたもの最近ではあるので、どうしても企画が属人的になるというか。

多くの組織や団体が直面する人事異動の課題。人の出入りがある中で、熱を絶やさずにいることはなかなか難しい。そもそも“やりたい”という思いがあっても、それを体現できるノウハウを共有する場がなかったのだという。「情熱のある人は必ずいるから、その人たちのために研修会を開いたらいいのではないか」と荒川さんは気づいた。

こうして開かれた研修会はトークショー形式の事例報告や、ダンスワークショップ、レクチャーを通じて、合理的配慮やアクセシビリティについて学ぶもの。対面であることにもこだわった。

荒川 情熱のある人たちのネットワークを作って、そこに福祉関係者も一緒に繋がりを作って、小さくても何かアクションが起こるような研修会をしたいと思いました。地元の人たち向けの研修会です。距離も近く、何かやろうってなったときに仲間がすぐ集まれるような場を目指しました。

米田 展覧会にも他の地域の文化ホールの職員さんが来て下さって、いろいろ体験してみるとやっぱり楽しそうで。そうやって企画者側が実際にワークショップを経験したり、ノウハウを身体で知っていくようなものがあったらいいんじゃないか。これだよね、という感触をみんな持っていたんです。

そんな熱意ある人たちによって、新たな展開もあった 。

米田 地元のテレビ局と2024年11月にアートとダンスのイベントを開くことになりました。研修のねらいでは、来年ぐらいに人を探して、どこかで何か出来たら良いなぐらいの気持ちだったのですが、展覧会やイベント を見たテレビ局の人が熱にうなされるように、これやろう、あれやろうと急に動き始めて。もともとは私の仕事の取材をしてくれた縁で付き合いがあったのですが、障害者による芸術文化活動の話をしたら、それも取材したいと。この人もものすごく情熱的に、張り付きみたいに取材するようになったんですよ。ばーと◎とやまのドキュメンタリー番組を作ってくれたり、展覧会のたびにニュース番組で特集を組んでくれたり。これはものすごく大きなことです。それがずっと繋がって、結局その人たちが局を動かして、イベントまでやるようになりました。

イベントプログラム「みんなのだんだんダンスフロア」の様子

属人的になることを悲観せず、でも新鮮な気持ちで

こうした熱のある人たちによって、ひとつの活動が次へ、また次へと、繋がりを持って続いていく。その秘訣は何か。

土居 情熱的に関わっている人たちに触れてわかるのは、ヒットする人にはヒットするということです。つまり“種火さえあれば燃え上がってくれる人がいる”ということ。これまではタイミングが合わなかったけれども、どこかで偶然、情報を得たときに、必ず情熱を持ってくれる人がいる。だからこそ、いつも新鮮な気持ちで発信し続けていくことが大切なのだと思っています。情熱を持った人が絶えることはない。属人的といえばそうかもしれませんが、悲観することはないと思っています。

作品を紹介する米田さん(写真中央)

制作の様子

担い手を増やし、情熱を育む一方で、大事にしている原点もある。最後に、ばーと◎とやまのこれからについて聞いた。

米田 アートNPOでもある私たちは、創作の環境や現場はきちんと守っていきたい。 多様性という言葉がブームのようにいろんなところで言われているけど、 「人間の多様性は、作品に表れる」という姿勢はやはり持ってないとと思っているんです。つまり、どれだけ作家さんがいろいろな場所で発表して、有名になって、お声がかかって商品化されたとしても、制作の現場自体がその人にとって自分らしくいられる場所であったり、楽しいものでなかったら、意味がない。それは見失わないようにしたいと思っています。この地域の支援センターとして、そういう創作の環境や現場を守っていくために、展覧会だけの関係性だけではないようにしたい。作品を紹介することで、繋がった人たちの活動がまた活性化されていくことを願っています。

多くの人に伝え、つなぎ、そして、創作の場を守っていく。ばーと◎とやまが変わらず蒔いてきた種が、これからもさまざまな場所で人の心を掴み、実を結んでいく。

2024年10月
取材・文:丸山裕理

米田 昌功
富山県障害者芸術活動支援センターばーと◎とやま、特定非営利活動法人障害者アート支援工房ココペリ代表


1965年富山県富山市生まれ
富山市在住。金沢市立美術工芸大学美術工芸学科日本画専攻卒。
大学時代の障害のあるアーティストとの出会いや文化庁新進芸術家海外研修制度でネパールで1年間伝統仏教美術の研鑽(2005年)、支援学校での美術部創設(2006年)を経て、社会人の知的障害者アート支援に取り組み始める。
人人会会員

土居 彩子
アートディレクター

1971年富山県南砺市生まれ。南砺市在住。多摩美術大学芸術学科卒。校正職、専業主婦、棟方志功記念館・愛染苑(富山県南砺市)の管理人を経て、南砺市立福光美術館の学芸員を務め、「アートって何なん?~やまなみ工房からの返信~」等を企画。現在、富山県障害者芸術活動センター「ばーと◎とやま」に関わりながらフリーのアートディレクター。デイリー新潮(ネット配信)にてアート関連の記事を掲載中。

荒川 裕子
東海・北陸ブロック障害者芸術文化活動広域支援センターアドバイザー(舞台芸術部門)

福井県坂井市在住。普段は、NPO法人福井芸術・文化フォーラムに勤務し企画・制作業務を担当。これまでに障害のある人の表現活動に関する人材育成講座やワークショップ、哲学カフェ、トークイベントを多数企画。最近では、障害のある人とない人がともにコンテンポラリーダンス作品をつくるプロジェクトを立ち上げた。一般財団法人生涯学習開発財団認定ワークショップデザイナーマスター。

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