作品展示の場所をギャラリーの中から街へ広げる!県職員ならではのネットワークを活かした支援センターの挑戦(兵庫県)
持続的で、フラットで、ひらかれた中間支援を目指して

〜中立性、公共性を活かした事業の進め方とは〜
兵庫県立美術館王子分館原田の森ギャラリーは2002年(平成14年)に兵庫県立美術館「芸術の館」が神戸市東部臨海地区のHAT神戸に開館されたことに伴い、その分館として旧兵庫県立近代美術館を活用してオープンした。その中の一角に、ひょうご障害者芸術文化活動支援センターが運営するギャラリースペースがある。ガラス張りで自然光の差し込む横長のスペースには、県内の障害のあるアーティストの作品が飾られている。
兵庫県では支援センターを県が担っており、兵庫県福祉部ユニバーサル推進課が同ギャラリーを直接運営している。障害のある人の作品を見てもらう場所を増やすため、今年度は加古川市にある東播磨県民局でも作品展示を始めた。街行く人々により多くの障害者の作品を見てもらえるように、福祉施設と街の事業者のマッチング事業にも着手したところだ。
兵庫県では全国でも珍しい県の直営センターならではの運営方針、その工夫について主幹の西田勇さんと障害者芸術文化活動支援員の呉田(ごでん)知子さんにお話を伺った。
県が直営で担う支援センター
兵庫県障害者芸術文化活動支援センターは、県職員である西田さんと任期5年の専門員である呉田さんの2人体制だ。
西田さんは昨年度まで退職派遣で淡路島のリゾートホテル「淡路夢舞台」の運用を担当され、福祉分野の業務を担当したことはなかったという。今では様々な現場に行って、障害のある人の表現、芸術文化の力を日々目の当たりにしているという。今年任用4年目になる呉田さんも元々は制作会社の営業職で、福祉や美術に詳しい訳ではなかったが、着任してからはほかの支援センターなど福祉とアートの現場に積極的に足を運び、専門的な知見を持った人がどのように物を見ているのかを観察して回っている。
県が支援センターの業務を担う場合、福祉や文化芸術が専門ではないスタッフが担当となることも当然あり得る。県ならではの中立性、公平性、役所内の他部署とのネットワークや地域からの信頼といった強みを活かしながら、担当者が入れ替わり、更新されていく体制を前提にした事業の展開、仕組み作りが求められることになる。
呉田 専門的な分野は専門家に聞くことにして、私たちは中立的な立場で障害のある方の芸術表現活動の機会を作り、選択肢を増やしていく活動に専念しています。福祉施設などからのご相談をお受けして、「やってみましょう。専門家をご紹介します」という形でお応えしています。支援センターのスタッフが替わっても、施設や事業者の間で連携して事業を継続・展開していけるようにするのが理想だと思っています。
2005年(平成17年)から始まった兵庫県障害者芸術・文化祭は支援センターの事業の柱の一つだが、ここで毎年開催している美術工芸作品公募展で入賞した作品を中心に、県内各地での障害者芸術作品巡回展が実施される。今年度の12か所の巡回先には、早速、西田さんの前の職場である淡路夢舞台国際会議場が組み込まれた。支援センターの職員のもつネットワークが事業の展開につながった形だ。巡回会場の選定に当たっては、県内の全市町に事業が行き渡るように、またさまざまな県内の事業者に関わりをもってもらえるように、全体のバランスにも配慮している。

障害者芸術作品巡回展の様子
県のユニバーサル推進課には、支援センターを運営する社会参加支援班の他に5つの班がある。所管事業には芸術文化活動の他にスポーツ振興などが含まれており、同じ課の中でアートとスポーツの事業について円滑な連携ができるのが特徴だ。今年10月に養父市立やぶ市民交流広場で開催した「たじまユニバーサルウィーク」では、障害者芸術作品巡回展や+NUKUMORIマルシェ、パラスポーツ体験会、映画の上映会、手話のワークショップなど、障害のある方を支援するユニバーサルな取組を集中的に開催。係ごとに担当を決め、副課長が取りまとめを務める形で、全課を挙げて準備に当たった。
作品の巡回展やこうしたイベントの企画運営に当たっては、県庁内の異なる課間の連携も活かされている。今年「たじまユニバーサルウィーク」を開催したやぶ市民交流広場は、元々巡回展の会場の一つだったが、会場サイズが大きく、ここなら他の部署も一緒になってもっと色々なイベントができるという話になった。スポーツ、映画観賞、授産品の販売、手話講座と、各部署が担当する事業に関連するコンテンツを持ち合わせることで内容が充実していった。他にも、イオンシネマ三田ウッディタウンでの「ユニバーサルな映画観賞会」はイオングループと兵庫県の包括連携協定を担当している部署との協力から実現したものだ。

ユニバーサルな映画観賞会の案内チラシ
中立性、公平性を活かし、すべての人が平等に参加できる事業を
原田の森ギャラリーの中にある支援センターの展示スペースは、兵庫県内で活動する団体(2名以上での活動が条件)の作品展示を目的とした貸しギャラリーだ。支援センターが過去に開催した公募展の入賞団体を中心に声をかけ、展示企画を募っており、年度内はすでに展示利用枠が埋まっている。
展示作品の選定、設営、装飾など、展示に必要なほとんどすべての工程を、基本的には利用団体に委ねている。団体によって個性の光る作品が持ち込まれるのはもちろんのこと、展示の仕方にも団体ごとの工夫や特徴が見られる形だ。原田の森ギャラリーの中に掲示する作品展示会場のフラッグ、広報掲示物などの作成は呉田さんが担当して運営を支えている。今年度からは、加古川市の東播磨県民局に掛け合って、建物1階の人目に付きやすい一角を展示スペースとして確保し、受賞作品などの展示を始めた。
原田の森ギャラリーや巡回展の出展者の多くは、毎年兵庫県障害者芸術・文化祭の中で開催されている美術工芸作品公募展への応募者だ。この公募展では、すべての応募作品を兵庫県立美術館に展示することにしている。絵画、書道、絵本などの専門知識をもって県内で活躍する専門家に審査を依頼し、多くの作品の中から優秀なものを選出、表彰してはいるが、基本的にはすべての人が平等に発表の場にアクセスしてほしいという思いがある。応募件数はコロナ禍で一時300点を切ることもあったが、2024年度(令和6年度)は419点が展示され、件数は増加傾向。応募者自身に作品の持ち込みと持ち帰りをお願いして、設営は県の委託した事業者が行っている。

兵庫県立美術館に展示された美術工芸応募作品
呉田 あくまでも支援センターは「選ばない」というスタンスなので、審査員の方に専門的な目で作品を評価していただけるという安心感があります。
審査員への依頼も県の事業の一環で、事務局では常に公平公正に事業を運営することを意識している。選定に偏りが出ないように苦心されている様子もうかがわれ、一貫しているのは、支援センターの運営が恣意的なものにならないようにという配慮だ。
支援センターでは今年さらに、店舗等で作品を展示したいと考えている事業者と展示したい作品をもつ福祉作業所とをマッチングさせる事業、「ユニバーサルなアートマッチング」を開始した。どうしても県の施設や福祉施設での展示だけでは、見に来られる人数に限度がある。より人々の普段の生活に近いところで作品を見てもらいたいと考え、企業やカフェとの協働を目指すことになった。企業にとっても、作品展示を通してCSR、SDGsにより積極的に取り組んでもらえる機会になると考えた。
10月にはモロゾフ株式会社と障害福祉サービス事業所片山工房を運営する特定非営利活動法人100年福祉会のマッチングが実り、1か月余りの間、片山工房の作品が三宮のカフェモロゾフさんちか店を彩った。

カフェモロゾフさんちか店を彩った片山工房の作品

水道橋商店街のアートマッチングの様子
この冬、こうしたマッチングの一環として、水道筋商店街のアーケードにも作品が展示される。「少しでも道行く人々に作品を見てもらいたい」という思いを込めて、アーケードの両側の支柱に、支援センターでラミネートを施した応募作品を一斉に張り出す。これも行政の強みを活かし、商店街組合、理事長に掛け合った結果実現したもので、人の生活に近い場所で作品を展示する実験的な試みだ。企業連携やカフェ、商業施設など様々な場所での展示が功を奏し、展示会場として名乗り出てくれる地域企業も増えてきている。
支援センターでは、今後の展開として、兵庫県内の障害のある人のアート作品と企業をマッチングするためのデータベースづくりにも取り組んでいるという。どのような施設がどのような作品を持っていて、作品を展示したいと考えている事業者がどこにいるのか。このデータベースが、多くの事業者と直接施設とが自由にアプローチし合うプラットフォームとなってほしい。支援センターの人手不足に悩みながらも、福祉事業者や障害のあるアーティストと企業や街の様々なプレイヤーが自発的に結びつき、循環するきっかけになってくれることを期待している。
講習会だけではなく、展示やワークショップが人材育成の実践の場になる
呉田 コロナ禍の時期に、福祉施設を対象にアンケートをしたのですが、展示の仕方など障害者とアートに関する講習会の開催を希望されますかとお聞きしたところ、40件の希望があったんです。ご希望を下さったすべての施設には回り切れていませんが、ここで得たご要望を今後の事業展開にも活かしていきたいと考えています。
福祉施設におけるニーズの高さが伺われる一方で、アンケートだけでは様々な主体が何を求めているのか、何が不足していると感じているのかは分からない。展覧会の来場者からの相談を受けることがそうした気づきにつながることもあり、支援センターでは、作品と人々が出会う現場で生まれる対話、会話の場面でもプレイヤーのニーズ把握に余念がない。
呉田 墨絵のワークショップで、支援員さんにも絵を描いていただいたことがありました。「この子がこんな絵を描くとは」といった驚きの声もいただきますが、支援者も同じ体験をすることによって支援者ご自身の気づきにも繋がることがあるようです。「すぐに、うちでもやってみようと思います」と言って帰って行かれたり、「やってみました。」とご報告をいただいたりすると嬉しいですね。
イベントに参加してくれた福祉施設職員が、すぐに自分たちの施設で取り組めるように、筆やバケツを持って帰ってもらえるようにしたこともある。

墨絵体験ワークショップで思い思いに作品を描く参加者
展示を見た人やワークショップに来た人が、「ここで展示ができるんだ」「これも表現なんだ」「こんな方法もあるんだ」といった気づきや実践に繋がるように意識して、日々事業を組み立てている。
活動について、もっと知ってもらうために
公募展のチラシを配布している時に、作者が「この公募展を励みに描いているんです」と喜びの声を届けてくれることがある。引きこもりの人が「アートギャラリーの展示をいつも楽しみにしている」と話してくれたこともあった。公募展の会場で、出展アーティスト同士や鑑賞者同士などの新しい繋がりが生まれているところに立ち会うこともあり、そういった出会いのハブになれた瞬間に喜びを感じる。
それでもまだまだ、支援センターの存在自体が知られていないことが課題と感じている。2人体制で厳しいこともあるが、これからもマッチングされた事業者や施設同士の自走を促すことに注力し、マッチング事業を核として、行政らしい中間支援に対する期待に応えたい。
同じ行政として、市町との連携も重要だ。市民からの問い合わせを受ける窓口としては市役所や町役場があり、多くの情報や課題が市町に蓄積されていることも考えられるが、市町によっては障害者によるアート活動の担当者を置いていない場合もある。
支援センターでは自治体同士が共通の目的のために地道に関係性を構築していくことが重要と考えて、事業のお知らせをする際は、なるべく市町所管課とも情報を共有している。
専門家、市町村、企業など、県の強みを活かしたアプローチで連携先と選択肢を増やし、その成果を着実に人材バンクなどの目に見える形で後任に引き継いでいく。多くのプレイヤーとの協働の動きを繋ぎ合わせ、行政が実施する、誰もがフラットに参加し続けられる場所づくりが、これからも続いていく。
2024年12月
文:前田 拓人
西田 勇
兵庫県福祉部ユニバーサル推進課社会参加支援班 主幹(事業担当)
平成17年度入庁。広報課や人事委員会、青少年本部などを経て、令和6年4月から現職。障害者スポーツ協会、ひょうご障害者芸術文化活動支援センターの運営にかかる業務を担当している。
呉田 知子
ひょうご障害者芸術文化活動支援センター支援員
広告制作会社などを経て、平成31年度より兵庫県の会計年度任用職員として勤務。令和3年度より福祉部ユニバーサル推進課にて、支援センターの業務を行っている。