舞台芸術と出会う場から、夢に向かうための道をつくるー国際障害者交流センター ビッグ・アイ(大阪)
DANCE DRAMA 『Breakthrough Journey』オープニング
カラフルな衣裳に身を包んだパフォーマーたちが、多様性を表現した東京2020パラリンピック競技大会開・閉会式は皆さんの心に大きな感動を残したのではないだろうか。それは同時に、障害のあるパフォーマーがこれほどたくさんいることを知らしめる機会にもなった。実は大阪府が主催する『大阪府障がい者舞台オープンカレッジ』に参加し、演劇やダンス、音楽の楽しさを知り、さらなる高みを目指して頑張り、この夢の舞台に立つことができたメンバーが数多くいた。この事業は、大阪府堺市の「国際障害者交流センター ビッグ・アイ」を拠点に、20年にわたって障害のある人たちの文化芸術活動を支えてきたのだ。事業を受託し、運営してきたビッグ・アイの副館長、鈴木京子さんに話を聞いた。
「国際障害者交流センター ビッグ・アイ」は、「国連・障害者の十年(1983~1992年)」を記念して、2001年に厚生労働省(当時は厚生省)が、障害者の「完全参加と平等」の実現を図るシンボルとして設置された。建物には多目的ホールや研修室、宿泊室、レストランがあり、障害者が自ら行う国際交流活動や芸術・文化活動、また障害者だけでなく広く国民の交流の場として、それらの活動を通じ、障害者の自立と社会参加を促進することを目指している。2017年からは大阪府の障害者芸術文化活動支援センターを務めている。
ビッグ・アイの開場時から実施されている事業に、『大阪府障がい者舞台オープンカレッジ』(当初は『大阪府障がい者芸術・文化カレッジ』)がある。
「全国障害者芸術・文化祭は2022年秋の沖縄開催で22回を迎えますが、第1回目が大阪で、ビッグ・アイから始まっているんです。障害のある人の文化芸術の拠点としてビッグ・アイが大阪に建てられたこともあり、大阪府でも障害のある人と文化芸術をつなぐ事業をやっていこうということで、何ができるか検討した結果、演劇、ダンス、音楽を体験できる場として『大阪府障がい者芸術・文化カレッジ』がスタートしたんです」。そう振り返った鈴木さんは、当時、舞台制作会社に勤務しており、外部スタッフとして事業に携わった。
「参加者は演劇、ダンス、音楽とグループは分かれるんですけど、それを一つにするとミュージカルになります。ミュージカルは本来一人がすべてを担うものですが、何かできないものがあっても参加できるように設計しています。最初の講師はCMなどの振付で注目を集めていた香瑠鼓さん。私たちは知識がなかったこともあって、障害特性を限定せず、誰でも参加できるようにしました。募集チラシには、手話通訳、サポートするスタッフ、何かあったときに対処できる看護師がいることを明記し、5、6万部を新聞折込で配布。でも25人の定員には届きませんでした。大きなステージで、プロのアーティストと表現活動をするなんて当事者も周りもまったく想像していなかった時代でしたから」(鈴木)
しかし、実際に『カレッジ』に参加した皆さんが、それぞれが通う福祉事業所などで「楽しかった」「こんな経験したことがない」などと話してくれたことで、口コミで『カレッジ』の評判が伝わった。翌年から現在まで定員の人数を集めるのに苦労するどころか、抽選しなければならないほどの人気事業に育った。
舞台芸術と出会う場から事業自体がステップアップ
『大阪府障がい者芸術・文化カレッジ』の参加者の多くは、たとえば若者なら、支援学校と家庭の二つが生活の中心だったのが、『カレッジ』に参加すること、ビッグ・アイに通うことで、新たな人間関係が構築していった。毎回の、毎年の再会を楽しみにする姿が見られたのだ。鈴木さんはあるエピソードを紹介してくれた。
「その人は自傷、擦過傷という重度の行動障害のあるために、福祉事業所もなかなか続かなかったし、精神の疾患のために入退院を繰り返していたんです。けれど『カレッジ』が行われる期間は生活のリズムでき、仲間とのコミュニケーションも豊かになって心身がものすごく安定する。でもその年度の『カレッジ』が一通り終了すると不安定になっていく。その人はもう6、7年も通ってくださっているんですけど、お母さんに伺うと、毎年まだかまだかと『カレッジ』を楽しみにしてくれているそうです」(鈴木さん)
『大阪府障がい者芸術・文化カレッジ』は行政の事業のため、どうしても年度が基準になってしまう。開催期間も年度の半ばから終わりまで。「できれば当事者が行きたいと思うときに参加できる場になっていることが理想」と鈴木さんは考えている。
とはいえ、参加者の年齢層も未就学児から80代まで幅広くなり、障害ある人の舞台芸術活動の裾野を広げる事業という役割は、しっかり定着してきた。そして鈴木さんたちスタッフ側も、その間に障害のある人との向き合い方を学んでいく。
「私もそれまで障害のある人に出会っていなかったこともあり、恥ずかしながら、何かを一人でやるのは難しい、手助けが必要な人だと思い込んでいました。でも『カレッジ』を見ていて、すぐにその考え方は崩れました。表現の世界では、参加者それぞれの内面から湧き出るものを大事にする、だからこそ手助けすべきではないとわりました。私たちの仕事はその人が自立する環境をしっかりつくっておくこと。安心できる環境さえあれば誰もが自分の表現をバンと出せる、それが文化芸術の凄さでもあるんです」
そして、『大阪府障がい者芸術・文化カレッジ』も次のステージに入っていく。
「この事業は福祉の予算でやっているから、障害のある人だけを対象にしていました。でも私たちがずっと大阪府に相談してきたのは障害のあるなしに関わらず誰でも参加できること。2011年から半数以上は障害のある人、大阪府在住の人という約束をして、健常者や大阪府以外からも参加できるように要綱を変えてもらったんです。なぜそうしたかと言えば、障害のある人の活動支援は演劇や音楽を体験することばかりではなく、いろいろな人と交流することが重要。実際の社会は障害ある人ばかりじゃないからです。つまり舞台も障害のある人ない人が交流する場にしたかったんです。そして名前も『大阪府障がい者舞台オープンカレッジ』に変更しました」
夢に向かうための道をつくる必要性
さらに継続していく中で、変更しなければいけない状況が見えてきた。
「『オープンカレッジ』も裾野のところを5年、10年やっていると、来なくなる人がいるんです。もっと上手になりたい、プロや先生になりたいとか夢ができるから。でも参加者は大多数が知的障害、発達障害の人たち。彼らに合わせたプログラムになっているので、そこを学び終えた人たちの受け皿がないんです。次のステップに進むための道筋がない。日本のエンタメや商業演劇に普通に出演するような障害のあるパフォーマーはいません。実力がなくてそこに届かないのは仕方がないけれど、夢を目指す道さえないのはまずいと新たに設計したのが2017年でした。これまでの表現を楽しむ場に加え、演出家、脚本家とともに創造していく場を設定しました。後者はオーディションに通った人しか参加できないんです」
小学生のころから『オープンカレッジ』に通い、今では講師も担当している聾のダンサー・梶本瑞希さん(映画「僕が君の耳になる」主演)もその一人だ。彼女はプロのダンサーを目指していたが、聞こえないこと、進む道がないことで何度も挫折してきた。しかし『オープンカレッジ』の新たな展開によって夢を持ち続けることができた。
そんな彼女のような『オープンカレッジ』出身の障害あるパフォーマーが、何人も、前述した東京2020パラリンピック競技大会の開閉会式という夢舞台にたどり着いたのだ。また「日本博」の冠のもと、ビッグ・アイが企画・主催し、独自の世界観で国内外で活躍しているダンスカンパニーDAZZLEの長谷川達也による演出・振付で、国内6地域、海外4地域から集った障がいのある人ない人が一緒に創造したDANCE DRAMA『Breakthrough Journey』を中心メンバーとして牽引もした。
またパラリンピックの開会式の演出したウォーリー木下(2018)、演出・チーフ振付の森山開次(2017)も『オープンカレッジ』を経験している。
鈴木さんは『オープンカレッジ』について振り返る。
「私たちにしても誰もこうした取り組みをやっていなかったから、先輩から学ぶこともできなかった。でも逆に誰もやっていないからこそやってみたいという想いでここまでやってきました。欧米では、障害ある表現者が社会的に認められ活躍しています。車椅子のミュージカル俳優のアリ・ストローカーがアメリカ最大の演劇賞「トニー賞」を、今年の映画のアカデミー賞では聾の俳優のトロイ・コッツァーが助演男優賞を受賞しました。日本の障害あるダンサー、表現者たちも、文化芸術の世界で自分の夢をあきらめずに挑戦でき、可能性を見出し、公平に評価される、そんな社会になることが、私たちが目指す“共に生きる社会”につながると確信しています。日本にもそういう視点も持って作品づくりをするプロデューサー、クリエイターが必要です。私たちがつくれる道は細いけれど、その道は自分たちで切り拓きなさいと障害のあるパフォーマー、アーティストたちに常に言っています。自分がテレビや映画に出られたからよかったじゃないよ、後輩たちが活動を選択していける道を、あなたたちがつくってほしいって」
もちろん、大阪府、ビッグ・アイ、鈴木さんたちのチャレンジもまだまだ続く。
(取材・文 いまいこういち)
公開日:2022年9月
鈴木京子
国際障害者交流センター ビッグ・アイ副館長兼事業企画課長兼AEP。ビッグ・アイの仕事をきっかけに障害のある人が舞台芸術に表現者や鑑賞者として参加できる舞台の企画、プロデュース、制作をおこなうほか全国の劇場・音楽堂等の研修会講師、コーディネーターとして活動。著書『インクルーシブ シアターを目指して/障害者差別解消法で劇場はどうかわるか』(ビレッジプレス)
◆国際障害者交流センター ビッグ・アイ ウェブサイト
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