厚生労働省|障害者芸術文化活動普及支援事業

厚生労働省障害者芸術文化活動普及支援事業連携事務局

取組コラム

オンライン“だからこそ”にチャレンジする―神奈川県障がい者芸術文化活動支援センター(運営:認定NPO法人STスポット横浜)

コロナ禍のダンスワークショップとは?

 横浜で暮らすクリエイターなら、誰もが一度は訪れたことがある小劇場といえば、「STスポット」である。運営団体である認定NPO法人STスポット横浜は1987年に小劇場「STスポット」の活動をスタートしてから17年後、2004年からは地域連携事業部として、横浜市内の学校に芸術家を派遣したり、地域のアートプロジェクトへの支援を行っている。

この地域に向けた事業で、特別支援学校・学級との取り組みや福祉団体が関わるアートプロジェクトが増えてきた経験などから、2015年には福祉事業をスタートすることに。調査研究やモデル構築期間を経て、2020年からは神奈川県の支援センターを担っている。事業を担当する田中真実さんと川村美紗さんに、コロナ禍での活動について話を聞いた。

体育館でダンスのワークショップをしている写真

STスポット横浜の活動―特別支援学級でのダンスワークショップの様子(アーティスト:山猫団)

小劇場の舞台でギターやピアノを弾いている人たちの様子

STスポット横浜の活動―STスポットオープンデーvol.1「 場所と音楽-劇場でつくる-」

 神奈川県障がい者芸術文化活動支援センター(以下、支援センター)では、重度重複障害や精神障害の方に向けたワークショップを重点的に行なっている。精神障害のある人々は他の障害種別に比べ、制度の整備が遅かったという事情もあり、全国的にみても芸術文化活動の普及に遅れがみられる。また重度の障害がある場合は気軽に外出できず、機会も少ない。こうした方々が入所や通所する福祉施設は、コロナ禍では厳重な感染対策がとられている。

とくに社会全体としても不安の大きかった2020年には、福祉施設にアーティストを派遣するなんて、ちょっと考えられなかったことだろう。ところが、この重たい社会の風潮を、オンラインで軽やかに超えて、なんとも楽しそうなダンスワークショップを考えたのが、支援センターがコーディネートして派遣した、演出家・振付家・ダンサーの白神ももこだった。

白神ももこさんと施設利用者が手をつないでワークショップをしている様子

白神ももこさんによるスプラウトでのダンスワークショップの様子/撮影:金子愛帆

 NPO法人障害児・者・家族サポート事業所スプラウトと白神さんがいるSTスポットなどをオンラインで結び、同じ色のカラーゴムを双方に用意して、ゴムを投げると画面の向こう側にも同じ色のゴムが伸びてくるなど、つながりを感じられる工夫が用いられた。オンラインワークショップはどのように実現したのだろうか?

田中 年度当初、スプラウトには医療的ケアが必要な皆さんがいらっしゃるので、感染症対策のため市外の人を受け入れるのは厳しいが、外とのつながりが何もなくなってしまうのでオンラインだとしてもぜひやりたいと言われていました。これまでに関係性のないアーティストにお願いをしても、現場も見学できない中ではしんどさもあるだろうと。そこで、スプラウトで2019年度に3度の対面ワークショップをしてくれていた白神さんと、同じタッグで取り組みを進めました。

 2019年度のスプラウトでの取り組みは、白神ももこさんにとって初めての障害のある人とのワークショップだった。ちょうど埼玉県富士見市にある文化施設の芸術監督に就任された頃で、彼女自身が地域の特別支援校などとの連携事業を模索していたことと、演出家の視点で施設周辺の空間や施設内の居心地の良さも一緒に考えられるアーティストであることから、白羽の矢が立った。劇場「STスポット」とは以前から公演で関わりはあったが、ワークショップでの協働は未経験だった。

ダンサーと車椅子の施設利用者手を触れあっている様子

2019年、スプラウトを訪れてのダンスワークショップ/撮影:金子愛帆

川村 アーティストにお声がけするときには、その方自身が持っている、音、ダンス、身体、絵などを楽しむ目の向け方を活かして、参加者と一緒に面白いことを探せるといいなと思っています。スプラウトへ最初に白神さんと一緒に出かけていったときは、ちょうどカラオケの時間だったので一緒に歌を歌ったりしました。その後に職員さんから普段の様子や課題を共有してもらっています。すぐにその場でプログラムを決めたりはしませんでした。白神さんも実際にやってみないとわからないからと、体と体が出会うところから始めるというのを、とても丁寧にやってくださいました。

 そして迎えた2020年。春からコロナで世間の空気が一変し、福祉施設は外との関わりを断絶しなければならなくなった。コーディネーターの支援センターも福祉施設もアーティストも、全く初めての状況である。しかし、この状況下でも、スプラウトの職員は「失敗してもいいから、だからこそできる楽しみ方を、みんなで探しましょう」と話してくれたそうだ。

川村 オンラインワークショップは3度開催して、初回はパフォーマンス動画を視聴したのですが、どうしてもテレビを見ているような感じになってしまいました。スプラウトの皆さんからも「物足りなさがあった」と伝えていただき、2度目、3度目にはどんな工夫をしていこうかと。そこで白神さんは、同じ時間を過ごしている、同じ場にいる感覚が共有できる工夫をしてくださいました。空間を超えてつながる感覚になれたことで、たとえば入院中で外とコンタクトできない人などにとっても、楽しみ方のヒントになる可能性を、思い知らされたような時間になりました。

2020年のオンラインワークショップ/撮影:金子愛帆

事業の記録集に記載されている、スプラウトの佐藤大輔さんのコメントからも、驚きが読み取れる。

「感染症の蔓延がなければ絶対にやらないことでした。実際に触れ合って行われるワークショップが一番いいに決まっているという固定概念を誰もがもっていて、オンラインで実施することに意味があるのかと考えることもありましたが、『これはこれでありだね』というところに着地しました『成功』と表現してよいかなと思います」(令和2年度記録集「障害と身体をめぐる旅2020 実践編」内コメント)

田中 重度障害の方とのワークショップでは環境づくりが大切で、職員さんを含めたまわりにいる人たちの力がないと、うまく環境が整わないんです。自ら楽しんで参加してくださるのが一番大事で、スプラウトの職員さんたちの様子からは、その状況を汲み取って楽しむ力の大事さを、あらためて感じました。

コロナ禍でも楽しめるダンスワークショップを成功させた理由のひとつに、初めての経験にもともとオープンなマインドを持つ、受け入れ側の福祉職員の存在がある。田中さん、川村さんは、アーティスト派遣を行う際には、普段から福祉施設の職員に何を残していけるかを、常に強く意識しているそうだ。

田中 芸術文化のワークショップを実施するというのは、わからないものに触れる機会を作り続けているのだと思っています。職員さんたちもこれまで出会ったことがないものに触れざるを得ない。事前説明や振り返りでは、わからないことはそのまま受け止めていいんですよ、無理に理解しないで、ちゃんとNOと言っていいんですよと言い続けています。

2人のアーティストがノートパソコンの画面に映っている参加者に向かって手を伸ばしている様子

スプラウトとオンラインでつないだワークショップの様子 /撮影:金子愛帆

川村 施設で普段されている活動や支援の形も大事にしています。そこを理解した上で、「こういう活動はどうですか?」と、擦り合わせていきます。アーティストのほうもヒントがないと難しいところがありますし、いきなり外部から来て勝手にやっていったという風にならないようにしなければなりません。お互いが大事にしていることを、わかり合っていく過程が必要だと思います。

 学校へのアーティスト派遣も手がけている田中さんは、学校の先生に「遊び」という言葉を使ったことで、誤解が生じてしまった経験があるそうだ。普段から教える大切さを考えてきた先生方は、芸術文化が抱え持つ遊びの要素と良さに、馴染みが薄かったのだろう。そうした経験から、福祉施設とアーティストという、異文化間をコーディネートする際にも、互いが少しずつ理解しあえるよう、今も丁寧なコミュニケーションを積み重ねている。

支援センターでは、今年もワークショップ開催を希望する福祉施設を公募しているが、施設内やアーティストが自ら、障害のある人の芸術文化活動を継続して実施できる方法も模索している。福祉施設に予算の拠出をお願いしたり、アーティストには助成プログラムを紹介したりしている。次の課題はいかに広がりをつくるかだ。

田中 神奈川県域はとても広いく、私たち二人ではとても対応しきれないと考えています。そのため、地域の文化施設とどう取り組んでいけばいいかを次の課題として捉えています。福祉施設の中だけで全てをやるのも限界があります。一方、文化施設には地域との関わりを深めていく流れがあり、その選択肢のひとつに福祉施設や特別支援学校があればいいなと。私たちが情報をお渡しして、あとはお任せできるようにしていかなければ、広がらないと強く思っています。

 STスポット横浜が事務局を務める横浜市内の学校へのアーティスト派遣事業(横浜市芸術文化教育プラットフォーム)では、年間で100件を超える実施校に対して、地域の文化施設や芸術団体など38団体にそれぞれ数校のコーディネートを依頼している。学校との事業での実績や経験を、福祉分野にも広げていける可能性は存分にあるだろう。田中さんや川村さんのように、それぞれの立場を尊重しながら、アーティストの創造性を支えるコーディネーターの役割を、想いを持って鮮やかに担える人が、地域に増えていくといい。

(文 友川綾子)
記事制作協力:NPO法人ドネルモ
公開日:2022年3月

 

田中さんの顔写真

田中 真実

認定NPO法人STスポット横浜事務局長。横浜市芸術文化教育プラットフォーム事務局長。2008年よりSTスポット横浜で活動。2009年より横浜市、横浜市教育委員会、横浜市芸術文化振興財団、STスポット横浜で構成する横浜市芸術文化教育プラットフォーム事務局にて、横浜市内の文化施設や芸術団体と学校現場の連携プロジェクトを担当する。2017年より神奈川県と協働し、福祉現場と芸術をつなぐ活動を開始。2020年より、神奈川県障がい者芸術文化活動支援センターの運営に携わる。NPO法人アクションポート横浜理事。産業能率大学兼任講師。

 

川村さんの顔写真

川村美紗

神奈川県出身。私立大学福祉学部にて臨床心理学を専攻。卒業後は横浜市内の障害者施設で、さまざまな障がいのある人の支援に携わる。2017年、認定NPO法人STスポット横浜に入職。神奈川県と協働し、福祉現場と芸術をつなぐ事業を担当。2020年より、神奈川県障がい者芸術文化活動支援センターの運営に携わる。

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