厳選した作家を長期間にわたってアーカイブしていくわけ(京都)
将来において作家の研究にこのデータベースが役立つように
障害のある人の作品や表現に出会える場として、きょうと障害者文化芸術推進機構が運営しているギャラリー「art space co-jin」。独自の調査・企画による絵画、写真、陶芸、インスタレーションなどさまざまな作品を展示しているほか、イベント、ワークショップ、講座などを通して作家や鑑賞者が交流できる機会も創出している。と同時に、コロナ禍前より、オンラインによる『アートと障害のアーカイブ・京都』という作品や作家の背景なども紹介するアーカイブ事業を早くから実施。専門のスタッフが試行錯誤しながら蓄積してきたアーカイブの考え方は参考になる点も多いのではないだろうか。
取材に伺った日、ギャラリーでは『描く|岩間一真、岡安聖美』という企画展が行われていた。年齢や性別、画風、これまでの人生もまったく異なるふたりに「どこか共通している、描くことへの向き合い方、意思の強さを感じてもらえれば」とスタッフの今村遼佑さんに説明してもらった。壁一面にびっしり隙間なく飾られた岩間さんの作品は、小学6年生ながらすでに彼の興味のままに、さまざまなテーマや題材が取り上げられ、表現方法も変遷してきたことが俯瞰でき、作家としての躍動ぶりに驚かされた。展示を見ていてもそれが手に取るようにわかるから面白い。偶然の企画だったかもしれないが、この視点はこれから話を伺う『アートと障害のアーカイブ・京都』におけるコンセプトと重なって見えた。
鑑賞の先に生まれる交流が起こるアーカイブ
art space co-jinで待っていてくれたのは、このスペースを運営する「きょうと障害者文化芸術推進機構」事務局 (京都府健康福祉部障害者支援課)の髙木秀夫さん、 浅野やよいさん、田渕緋菜さん、そしてart space co-jinの現場運営に関わっている非常勤のスタッフ4人(ほかに2人いらっしゃる)、事務担当スタッフの1人の皆さん。この日は、定期的にスタッフが集まるミーティングの日だった。
まず髙木さんがart space co-jin、『アートと障害のアーカイブ・京都』の成り立ちについて説明してくれた。
「京都府では共生社会の実現に向けた文化芸術推進プランを2015年に作成しました。1995年度から府民の皆様に親しまれてきた障害のある方の公募展『京都とっておきの芸術祭』を開催していますが、こちらは展示が終わると一区切りついてしまい、それ以降の展開にもつなげていくことができていないという課題があり、常設のギャラリーが必要だろうという結論になりました。芸術は人と人がつながる手段の一つと捉え、これを媒介に共生社会の実現を目指して活動する、きょうと障害者文化芸術推進機構を2015年度に立ち上げました」(髙木さん)
きょうと障害者文化芸術推進機構には、京都国立博物館、京都国立近代美術館、京都文化財団、京都市京セラ美術館など美術関係の団体、京都府身体障害者団体連合会、京都障害児者親の会協議会、京都手をつなぐ育成会などの障害者関連の団体、さらにはメディアなども構成団体として名を連ねている。
「そして2016年に京都御苑に近接する場所にart space co-jinがオープンしたのです。当初から企画展などを精力的に行っており、当然ここから発信され、広がっていくものもあるのですが、どうしてもここに来て見ていただく必要があります。その部分を少し違う方法で解決できないかということでアーカイブをつくらせていただこうということになりました」(髙木さん)
art space co-jinでは、リアルな空間での企画展と、オンラインのアーカイブのためのスタッフが、ここを拠点に京都府内でのリサーチを展開している。
作家や学芸員の資格を持つart space co-jinの6人のスタッフのうち、4人が主に展示の企画運営を行い、今村遼佑さんと舩戸彩子さんが『アートと障害のアーカイブ・京都』の運営に携わっている。
「アーカイブを立ち上げる前のリサーチに単発で呼んでいただいたことがあります。その後、正式に運営に関わるスタッフを募集しているという話があり、そのまま参加させてもらうことになりました」(今村さん)
「亀岡市にあるみずのき美術館さんが、施設の作家さんのデジタルアーカイブを先進的にされていたのですが、量も多いし本来業務の合間で作業をするのは大変だということで、私が在籍していた大学に委託されて。その事業に私も携わっていたのですが、卒業時にco-jinでもアーカイブ事業が始まるということになり、ノウハウを持っているからと声をかけていただきました」(舩戸さん)
アーカイブの立ち上げに当たっては、障害のある人の創作活動について研究している甲南大学の服部正教授、みずのき美術館キュレーター・奥山理子さん、このシステムをつくった札幌市立大学の須之内元洋講師、京都文化博物館学芸員(当時)の植田憲司さんらも検討委員会として議論し、地域バランス、作風の多様性、制作の継続性などを見極めて6人の作家のアーカイブからスタートした。現在も年間で3、4人を新たにアーカイブしている。
作家を厳選して、長い時間見つめていく
『アートと障害のアーカイブ・京都』でアーカイブしている作家について、もう少し詳しく伺ってみた。
「掲載作家については、co-jinの展示で取り上げた作家をアーカイブするケースもありますが、あまり関連していません。それもできればいいのですが時間やマンパワーに限りがあるので難しい。同じ理由で京都府全域の作家のアーカイブもとてもじゃありませんが難しい。そこで地域バランス、作風の多様性を意識して選んでいます。こうお話しするとネガティブに聞こえるかもしれませんが、いろいろな作家の作品を少しずつ載せるのではなく、一人の作家の、まとまった量の作品を載せることにしていて、そこから見えてくるものを大事にしているんです」(今村さん)
ユーモラスな表情のカッパや猿、手足や目、鼻など身体のパーツを自在に組み合わせた生き物など、陶器でオリジナルの「妖怪」を制作している木村康一さんは659点、毎日スケッチブックにさまざまなモチーフを描き続ける平田猛さんは621点がアーカイブされている。平田さんは今後も追加で400点ほどアーカイブ予定で、合計1000点ほどで現存の作品全体の4分の1ほどになるそう。
このサイトで作品に出会って、購入したい、ホテルのロビーに飾りたい、商品のラベルに使用したいなど、販売や二次利用の問い合わせも持ち込まれている。障害のある人やその家族からの相談も増えている。そうしたことへの対応もしているが、一つ違う視点も持っているのだ。
「数年後、数十年後に、京都府のこの地域にかつてこういう人がいた、その人のことを研究したいというケースもあると思うんです。そうしたときにサイトに掲載されているものはもちろん、私たちが管理してる表に出ていない情報もデータベースに蓄積しているので、それらが有効活用されていくこともあると思うんです」(舩戸さん)
「このサイトはデザイナーやWEBサイトを構築している人と相談し、活用の仕方を限定しないよう、かなりプレーンにつくっています。展覧会の企画を考えたい、この作家のリサーチをしたいという活用が増えたらうれしい。ですから数年前にアーカイブに取り組んだ作家さんの近作を調査し、追加撮影するようなこともしています。作家さんの記録をできるだけ長く残していきたいのです」
このサイトには『ドキュメント』というコンテンツがある。ドキュメントには作品をきっちり複写するだけでは見えてこないものを補うために、インタビューをしたり、作品のディテールを見せたり、作品と呼べるかどうかわからない、よりプライベートな表現やサイドワーク的な表現を載せて厚みを持たせているのも特徴の一つだ。
丁寧なアーカイブから新たな魅力が見えてきた
『ドキュメント』には、今村さんや舩戸さんが行うアーカイブ作業の流れ――リサーチ&借り受け、サイズ測定・素材の確認、作品カードへの記入、撮影、アプリでの色味の再現、データベースへのアップ、作品の返却――も紹介している。
「もともとは僕らが得たノウハウを公開することで、いずれ各施設でもアーカイブしてもらえるようにしたいという趣旨もありました。ただ、施設の方々に話を伺う中で通常業務で忙しい中できちんとした記録を残していくのは限界があるのがわかってきました。それでも年に数回行っている講座の企画の中で、プロのカメラマンを呼んで写真の撮り方を教えてもらうなど記録にまつわる情報や技術のシェアには努めています」(今村さん)
『はじめてのNFTとDAO~表現と活動の未来を考える~』と題して、NFT(偽造不可な鑑定書・所有証明書付きのデジタルデータ)を取り上げた講座を行っているあたりは、アーカイブを先行してきたチームだからこその、未來を見据えたアイデアだ。
最後に、アーカイブしてきたからこそ感じている障害のある人の作品についての気づきをうかがった。今村さんも舩戸さんもともに作家活動をしているだけに興味深い。
「仕事にする以前は障害のある方の作品に何となくのイメージを持っていました。よく言われるピュアな表現、生の衝動を感じさせるものもあるのですが、そうした言葉だけでは収まらない魅力や惹きつけるものに出会うことができた。障害のない現代美術のアーティストにはマイノリティな部分を持っていて、そこから出発して制作している方もいますし、障害の有無について意識することはなくなりました。だからこそ障害のある皆さんの作品が社会に浸透することが、必要のない境界を薄れさせてくれるのではと思っています」(今村さん)
「つくる側の視点で見ているのかもしれませんが、だれかの作品を目と鼻の先で見続ける機会は貴重です。施設さんが提供されたり、ご本人が持っている画材は色えんぴつだったりペンだったり特殊なものはありません。なのに普段見たことのない表現が小さな紙などに詰まっていて、鉛筆ってこんな色も出せるんだとか、いつも驚かされています。それは何年も何十年も繰り返してつくり続けることの凄みだと思うんです。見ていてまったく飽きないし、すごく楽しい。しかも施設などに伺うと、いろいろな人と楽しく話しながら制作していたり、この色や素材を使ってみたらというアドバイスがあったりして、決してご本人だけでつくっているわけではないと感じます。この作品はこの人だけのものではなく、施設の中で生まれてきた創作物に見えてきて、私が今まで考えてきた作品に対する概念がすごく広がりました」(舩戸さん)
おそらくアーカイブの方法に正解はない。だからこそ何をその先に考えるかが大事なのかもしれない。
取材・文:いまいこういち
公開日:2023年3月
今村遼佑
2018年1月からきょうと障害者文化芸術推進機構にて働き始める。機構がもつギャラリースペースart space co-jinでは主にデジタルアーカイブ事業を担当。美術作家としても活動し、国内外で展覧会多数。
舩戸彩子
2018年4月からきょうと障害者文化芸術推進機構にて働き始める。機構がもつギャラリースペースart space co-jinでは主にデジタルアーカイブ事業に携わり、京都府内の障害のある作家とその作品の調査、撮影、データベース作成、webサイト運営などを行っている。アーカイブで出会う作品に日々刺激を受けつつ作家活動を行い、近年は大学のキャンパスアーカイブプロジェクトにも関わっている。
◆art space co-jinウェブサイト
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