厚生労働省|障害者芸術文化活動普及支援事業

厚生労働省障害者芸術文化活動普及支援事業連携事務局

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さまざまな人の力を借りて事業を進めることを大事に―島根県民会館

劇場が「インクルーシブ」の第一歩を踏み出すには?

松江市にある島根県民会館のとある事業に出かけたことがある。開場時間には、盲導犬を連れた方をはじめ視覚障害者の方が何組か受付に並んでいた。劇場スタッフの門脇永さんに聞くと「ホールの応援団の皆さんです」という言葉が返ってきた――。島根県民会館は1968年に竣工した建物のため、ホール内のあちらこちらにバリアがある。だからこそ、入退場ひとつとっても、鑑賞者が安全に移動できるよう、スタッフが知恵を出し合って工夫をしている。上記の視覚障害者の方々もそのアイデア出しにひと役、ふた役買っている方たちなのだ。そのことも含め、『島根県民会館 インクルーシブシアター・プロジェクト』につながる10年あまりの取り組みについて、担当する門脇さんに伺った。



島根県民会館では2010年に障害のある皆さんを対象にした館内のバリアフリーツアーを実施し、それを機に鑑賞支援を取り入れた事業などを行ってきた。2016年からは一般財団法人地域創造の「公共ホール現代ダンス活性化事業」に応募し、視覚に障害のある方を対象に、ダンサー・振付家の田畑真希との協働でダンス企画をスタート。その両輪が噛み合ったことで、2019年に「障がいのある人たちが安心して文化芸術が楽しめる場所、機会を増やしていく」ことをミッションとする『インクルーシブシアター・プロジェクト』が誕生した。
門脇さんが益田市にある、同じ「しまね文化振興財団」の島根県芸術文化センター「グラントワ」から異動してきたのは2011年。その時点ですでに、鳥取県で舞台芸術の音声ガイドをしている田中京子さん(Reading ACT)、手話通訳斡旋などの相談をしていた島根県聴覚障害者情報センター、視覚障害者情報提供施設であるライトハウスライブラリーという点字図書館などとのネットワークはできていた。門脇さんはその後も事業を通してそうした方々との関係を深めていくことになる。

門脇 バリアフリーツアーを行ったのは、おっしゃる通り古いホールなので、障害がある方の全国大会を前に、職員からお客様の安全のために何ができるだろうという声が挙がったんです。それから継続的に職員が理解を深め、公共ホールであることの意味を勉強する機会を設けてきました。障害のある方を交えた避難訓練コンサート、市民の方々と映画「みんなの学校」のバリアフリー上映を開催したり、ろう者の監督が撮られた映画「LISTEN」の上映会でUDトークを使ってみたり、あれこれ試したんです。そして2016年に「バリアフリーイベント講座」を実施したところ、「私たちのことだから」と視覚障害者の皆さん9名がいらっしゃった(前述の応援団の方々)。研修に当事者の方がこんなに来てくださったのはおそらく初めてだったと思います。テキストを事前にもらうことができないかなど、今だったら思いめぐらすことができることも、その時は初めてのことで、前任の担当者がバタバタと準備していたのを覚えています。そこから劇場との交流が始まり、何か一緒にやってみませんかということからダンス事業につながりました。

映画「LISTEN」上映会後のトークイベント

その時に島根県民会館が手を挙げた地域創造「公共ホール現代ダンス活性化事業」(ダン活)は、地域創造が公募で選ばれたコンテンポラリーダンスの登録アーティストとダンス公演の企画制作経験が豊富なコーディネーターを公共ホールに派遣し、公共ホールとアーティストが共同で地域交流プログラム、公演を企画、実施するというもの。数人の候補から、文化庁の委託で実施している10年間のアウトリーチ事業で出会い、障害者とのワークショップ経験も豊富で、人柄も知っていたダンサー・振付家の田畑真希に白羽の矢を立てた。ダン活は3年計画で、視覚障害者とのインリーチ&ワークショップ、視覚障害者と一般公募のワークショップと段階を踏み、田畑が率いるチームのダンス公演『色の話、余白の色』への地元の視覚障害者2名の出演を経て、2019年に視覚障害者を含む市民ダンサーの公演『ランウェイ』を上演した。

門脇 ワークショップでは壁を触りながら歩く、舞台の框(かまち)から奥まで歩いてみるなど空間を把握したり、見える人も見えない人も一緒に輪になって足を揉んだり、言葉を交わしながら安心感、信頼関係をつくって、気持ちを出せる環境づくりから始まりました。
視覚障害がある方にコンテンポラリーダンスが有効だと感じるのは形がないこと、つまり正解がありません。田畑さんは「〇〇さんはこうしているね」と状況を皆さんに伝えながら、「いいね、いいね」と参加者から出てくる動きを肯定してくださる。その積み重ねから、それぞれの方の表現を引き出していくんです。このワークショップは接触型で、相手となる人の動きや体温を感じながら、互いの身体が響き合って新しい表現を生んでいく、また自分の表現が変わっていくという点でもいいジャンルだと思います。

視覚障害のある参加者と田畑真希とのワークショップの様子

市民ダンサーは障害の有無や年齢、性別などを「ビヨン!」とウサギのように飛び越えダンスを楽しむ様子から「ビヨン・ド・タバニー」と名付けられた。回を重ねることで、誰もが同じダンサーとして、支え、フォローし合うような関係になっていく。「それぞれを見る目、声を聞く耳が一つではなく、お互いが関わり合っているんです。次第に視覚に障害のある人を助けてあげなきゃという雰囲気もなくなりました」と門脇さん。だからこそ田畑と参加者の創作の世界には介入しないように心がけた。
 また公演では、舞台に貼られたテープを手繰ったり、蜘蛛の巣のように張られたカラーゴムの合間で踊るなど、視覚障害のある参加者が手引きされなくても移動したり、安心して踊ることができるような演出が施されており、自然に作品世界に溶け込むことができた。

門脇 ある時、視覚障害者の方が、SNSでワークショップに参加することを「家に帰る」と表現してくれたんです。ホールが安心できる場所になっているのかなと嬉しくなりました。そして市民ダンサーの中からもワークショップのファシリテーションを学びたいという声も出てきて。居場所づくりは劇場側だけではなく、アーティストや参加者も一緒に行っているんですよね。そんなふうに形をつくることができたのは、通常の事業は1年単位ですが、3年かけることができたから。上司が「コンテンポラリーダンスは視覚障害のある皆さんと親和性がある。ダン活をこれで終わらせるのはもったいない」と言ってくれ、『インクルーシブシアター・プロジェクト』として引き継ぐことになりました。

ダンス公演「ハコニワ」の様子

ダンス公演「或る椅子の、つぶやき」の様子


ダンス映像短編集「或る椅子の、つぶやき」から「或る椅子と、水…そして一人」
<音声ガイド版>

映像×ダンス公演「或る椅子の、つぶやき」ダイジェスト  

『インクルーシブシアター・プロジェクト』ではこれまで、バリアフリーイベント支援プログラム、音声ガイドでダンスを伝える企画、音声ガイドの育成、字幕タブレット体験など聴覚障害者の事業などにも着手した。
劇場の役割が鑑賞中心から参加型に移行していく中で、視覚障害以外の障害のある方々、高齢者、子育て世代など劇場にアクセスしづらい方々にも目が向くようになり、これからの課題だと考えている。ただ、あれもこれもと欲張りにならないように。焦らないように。そして、これまで培ってきたノウハウやネットワークを大事にしながら。
 ところで、昨今はこうした取り組みを行うホールも増えてきたが、島根県民会館のように長く取り組んでいるところは決して多くない。スタート当初、職員の間に温度差はなかったのだろうか?

門脇 不思議となかったんですよね。さまざまなサポート研修、視覚障害者のガイドに関する講座を通して、職員が安全を確保するための工夫についてアイデアを出し合い、フォローし合うようになりました。ダン活でも初期のころから職員が入れ替わり立ち替わりワークショップを体験していました。ホールの舞台技術スタッフも田畑さんの作品などで、安全を確保しつつも挑戦的な舞台のつくり方をより考えてくれるんです。何かを行えば課題ができて次へとつながるので、とにかく機会を絶やさないことを心がけています。

とは言え、インクルーシブの事業をこれから始めるホールなどからは、どこから手をつけていいかわからないという声も聞こえてくる。これまでの取り組みを通して、門脇さんが大事にしていることを聞いた。

門脇 障害の世界にはそれぞれ長年培ってこられたやり方があって、その中に入っていくことは恐れがあるかもしれません。私もあります。でも一歩踏み込むことが次のことを呼び寄せるという感覚が私の中にはあって。当事者に出会えるのが一番ですが、もし何から始めたらいいのかわからない場合は、当事者とつなげてくれる方やキーパーソンを探すのがいいのではと思います。そして、当事者の方の意見を聞くように心がけています。またお一人の意見をいただいたら、できるだけいろいろな意見を集めて判断することも大事だと思います。こういう話をするとき、どうしても障害のある人の活動に注目がいきますが、合わせて、一緒にやっている皆さんのことも話したいんです。年々ネットワークが広がって、ごちゃ混ぜ感ができている。そういう意味では、ホールだからあれもこれもやろうとするのではなく、いろいろな皆さんの力を借りるのがいいと思うんです。

グラントワでの取り組みの様子

『インクルーシブシアター・プロジェクト』の概要には「島根県内の様々な場所で情報共有し高めあえるネットワークを形成し、障害のある人たちが安心して文化芸術が楽しめる場所、機会を増やしていく」とも書かれている。
門脇さんの前任者・福間一さんが所属する「グラントワ」では、島根県民会館での経験を生かし、当事者や支援の方々はもちろん、福祉や芸術、まちづくりなどジャンルを超えたネットワークづくりと実践が始まっている。来年度からは、グラントワ、島根県民会館、島根県障がい者文化芸術活動支援センター アートベースしまねいろとのタッグで新たな展開を模索している。
「県の施設がいろいろな先進的な事業に取り組み、それを地域のホール、公民館や皆さんが集まりやすい場所に、その機会を届けることも必要。それがこれから数年のホールの役割だと思っています。インクルーシブな活動は特に」。穏やかな語り口の中にも、しっかり未来を見据える門脇さん、島根県民会館の姿勢が伝わってきた。

(取材・文/いまいこういち)
記事制作協力:NPO法人ドネルモ

門脇 永

(公財)しまね文化振興財団 島根県民会館文化事業課 主任
1999 年より公益財団法人しまね文化振興財団に在職し、島根県立美術館、島根県芸術文化センター「グラントワ」、島根県民会館で勤務し、アウトリーチ事業、県民参加事業等に取り組む。2018 年、目の不自由な人とのダンス事業をきっかけに社会包摂型事業の担当となる。2019 年、「インクルーシブシアター・プロジェクト」の始動から関わり、現在に至る。

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