厚生労働省|障害者芸術文化活動普及支援事業

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特集記事

美しい体験がバリアそのものを融解させる―茅ヶ崎市美術館

美術館と多様な人のコ・クリエイションで何がおきる?

車椅子の人と他数人で陸橋の階段を下りているところ

 本稿のタイトルにした「美しい体験がバリアそのものを融解させる」という言葉は、茅ヶ崎市美術館が2019年7月14日〜9月1日にかけて開催した展覧会「美術館まで(から)つづく道」のアンケートに寄せられた言葉である。障害のある人や小さな女の子を「感覚特性者」という視座で捉え、インクルーシブデザインの手法を用いて、ともにフィールドワークを行い、そこでの気づきから表現者が作品を制作して発表した展覧会である。アンケートに寄せられた賛辞を「とても励みになっています」と語る、茅ヶ崎市美術館の担当学芸員、藤川悠さんに、展覧会に込めた想いを聞いた。


 JR茅ケ崎駅から徒歩8分ほどに位置する小さな美術館が茅ヶ崎市美術館である。感度の高い展覧会を開催することで知られ、近隣住民からのも親しみを持たれていると聞く。ちょっとした難点が入り口のわかりにくさだ。緑あふれる高砂緑地が隣接して風光明媚ゆえに、周囲を細い道が囲む。このアクセスのわかりにくさを弱視の方が、「迷路のように楽しんだ」と話してくれたことが、今回紹介する展覧会企画のヒントだそうだ。

藤川 一般のお客様もわかりにくい道を、弱視の方が「楽しかったよ」といってくれて、わからない状況を楽しめるのは、すごい力だなと感じました。現代アートを専門にしてきた私は、鑑賞者から「わからない」という言葉を多く聞きます。わからなさがある種の遮断の言葉として使われているような世の中の流れを感知していた時に、わからないって好奇心のはじまりで楽しむことでもあるのに、どうしてそうなってしまったんだろうと。そんな時にこの言葉を突破口のように感じて、美術はわからないことにも果敢にチャレンジできる場であると、あらためて提示できるのではと思いました。

茅ヶ崎市美術館の外観の写真

羽のような屋根が特徴の茅ヶ崎市美術館外観/Photo: Ben Matsunaga


美術館だからこそできること、美術でなにができるのかを、自らに問う軸をぶらさずに持ち続けている藤川さん。弱視の方の「茅ヶ崎市美術館までの道は迷路のようで楽しかった」という言葉には、藤川さんも参加する公益財団法人かながわ国際交流財団の呼びかけにより2016年に立ち上がったプラットフォーム型アートプロジェクト「MULPA(マルパ)」を通じて出会った。このMULPAでは、美術館へのアクセシビリティを高めるためにワークショップ予算を用意していたのだが、藤川さんはその予算を、展覧会実施のためのフィールドワークの予算に充てさせてもらえるよう頼んだそうだ。

藤川 当館は小規模でマンパワーもかなり限られますから、ワークショップをどんどん実施していくとなると、パワーももたず、他の事業を抱えつつ片手間で取り組むことになるような気もしていていました。また、ワークショップは1回の定員が約20名ほど、1~2時間ぐらいでしょうか。障害のある人と1時間ほど一緒に過ごして「みんな良かったね」となるのではなくて、もう少し別の形の方法も知りたいなという想いもありました。

 展覧会であれば、およそ3千人の来館者に届けることができるのと、美術館としてリサーチも含めてより本質的な取り組みができるかもしれない。障害のある人と新しい価値観を見出して、美術館で美術の表現として提示できるのではないかと考えた。

そこで立ち上がってきたのが、感覚特性者と表現者が、インクルーシブデザインの手法を用いて、美術館までや美術館から続く道を一緒に歩き、そこでの気づきを共有するフィールドワークだった。チームごとにフィールドワークを行なって、そこで得た気づきをもとに、表現者が作品を制作。展覧会を通じて世に提示するという企画である。

研修で講師が話す様子

講師・鎌倉丘星さんによるインクルーシブデザイン研修/ Photo: kenji kagawa

話を聞く研修参加者の様子

研修を受けるメディアアーティスト・金箱淳一さん、音空間デザイナー・原田智弘さんと関係者/ Photo: kenji kagawa


藤川 関わってくれていたメディア・アーティストの金箱淳一さんが、聴覚に障害のある人と組んで楽器を作るプロジェクトをされていて、聴覚に障害のある方を「感覚特性者と呼んでいるんです」と話されていて、いい呼び方だなと思いました。この展覧会では、障害のある方々と小さな女の子も対象にいれていて、その人の感覚的な特性に焦点を当てようとしていたので、感覚特性者と呼ぶことにしました。アーティストではなく「表現者」としているのは、脳科学者や調香師にも入っていただいていたからです。

藤川さんが表現者と相談しつつコーディネートした感覚特性者と表現者のチームは4チームあった。聴覚障害者、メディア・アーティスト、音空間デザイナーのチーム。画家と小さな女の子、ベビーカーユーザーのチーム。盲導犬ユーザーと香りの研究者、メディア・アーティストのチーム。そして車椅子ユーザーと脳科学者でありアーティストのチームだ。4チームをサポートするコアチームには学芸員の藤川さんとデザイナー、記録撮影を担当したカメラマン。展覧会に向けて表現者側のサポートとして、表現の幅を広げられるようエンジニアにも入ってもらった。

感覚特性者と表現者の4チームがフィールドワークを行なった様子は、いまも茅ヶ崎市美術館のブログ記事で読むことができる。いきいきとした写真が並ぶ記事は、フィールドワークでの小さな気づきで展覧会が編まれていることを伝えてくれる。

雨の中を盲導犬を連れた人と他3人で歩いている様子

盲導犬ユーザー・小倉慶子さん、アートユニット・MATHRAX、香りの研究者・稲場香織さんとのフィールドワーク/ Photo: kenji kagawa

小さな女の子と白状を持った人、大人2人で道端の植え込みを見ている様子

小さな子・原そよちゃんと原美帆さん、画家・原良介さんとのフィールドワークの様子/ Photo: kenji kagawa

車椅子の人と数名で階段を上る様子

車椅子ユーザー・和久井真糸さん、美術家であり脳神経科学の研究者でもあるアーサー・ファンさんとのフィールドワーク/ Photo: kenji kagawa


藤川 フィールドワークでは公道を歩くこともあり、最小人数で行なうために他の方々の見学をお断りしていた手前、何かは還元しなければとプロジェクトを進めつつ、同時進行で頑張ってブログに残していました。(笑 )今もアーカイブを見てくださる方がいることがありがたいなと思うのと、展覧会の解説を執筆する際や、作品について表現者と話を交わすときに、写真や言葉が残っていることは非常に役に立ちました。他のチームがどんなフィールドワークをしたかを、各チームの表現者が知る時にも役に立ったり。

 プロジェクトの過程で、かなりの対話の積み重ねがあったことと想像するが、ブログが振り返りや共通認識を確認できるツールとしても役に立っていたそうだ。「自由な空間での負荷」「梅の香り」など、フィールドワークでの気づきとしてブログに書き残されたキーワードは、表現者の作品に転化していった。多様な人と一緒にプロジェクトを進めるとき、対話の土台になり得るブログの活用は、アーカイブの理想的なあり方ともいえる。

ホワイドボードの前で話す人と丸いテーブルについている人数名

フィールドワークでの気づきから作品制作のキーワードを見つけている様子/ Photo: kenji kagawa

キーワードが書かれたピンクと水色の付箋がホワイトボードに貼られている様子

「感情マップ」という手法を用いてフィールドワークでの気づきを整理している様子/ Photo: kenji kagawa


藤川 表現者の方々には事前に作品の構想など練らずに来てくださいとお願いをしていました。通常、私もそうですが学芸員はアーティストのアトリエなどで作品を見て、相談しながらこうしていきましょうって展覧会を構想していくんですね。こんな風に作品が生み出された過程をあとから研究していくことはできますが、いまを生きる表現者となら、もっと前段階から一緒に頭を働かさせてもらうことで、作品が生み出される瞬間に美術館としても関わっていけないかなと。美術館もクリエイティブでないとという気がしていたんです。アーティストが成長をするのであれば、美術館も一緒に成長しなければと思っていました。

 こうして実施された展覧会「美術館まで(から)つづく道」は、来館者数は惜しくも3千人に届かなかったものの、全国から視察や見学に訪れる人が多く、障害当事者の来館も目に見えて増えたそうだ。

藤川 アンケートが手紙のようだったんです。毎日読むのが楽しみで。「やっぱり来るまでに迷った。少し嬉しい」、あとは「いま生きている日常や何気ない風景もアートになるのだと気づいた」「今までの美術館とは違う鑑賞方法に戸惑い、自分の固定観念を外す難しさを知った」とか。やっぱりすごく嬉しかったのが「美しい体験がバリアそのものを融解させた」という言葉です。ああ、展覧会を企画した意義があったんだなと思いました。教科書や法律でこうしましょうっていうんでなく、美術館がなせる技でバリアみたいなものを解かせたのだったら、本望だったなと感じました。

男性が光る作品の前に立って鑑賞している様子

聴覚障害者・西岡克浩さんと作品「音鈴(おんりん)」(制作:金箱淳一+原田智弘)/ Photo: kenji kagawa

盲導犬を連れた女性が触る作品を体験している様子

盲導犬ユーザー・小倉さんと作品「うつしおみ」(制作:MATHRAX、協力:稲場香織、小倉慶子、リルハ)/ Photo: kenji kagawa

車椅子の人が詩が書かれたパネルの展示を見ている様子

視覚障害・呼吸不全・車椅子ユーザーである鎌倉さんと蜂飼耳さんの香りに関する詩/ Photo: kenji kagawa

この展覧会の面白さは、残したインパクトが深く、また長く続いていることにある。障害者の生涯学習支援活動に係る文部科学大臣表彰奨励賞、神奈川県バリアフリー街づくり賞(ソフト部門)と、ふたつの賞を受賞。2021年にはさらに令和3年度地域創造大賞(総務大臣賞)の受賞に大きく貢献した。展示作品のいくつかは他館でも展示が決まっている。また、閉幕後にも引き続き、こうした取材などの反響が続いている。藤川さんは「表現者たちの力に因るところが大きいです」と振り返る。

美術館にも無形資産が残った。実は、展覧会に先駆けて、受付・監視スタッフ向けに、障害当事者によるダイバーシティ研修を実施していたのだそうだ。障害手帳の提示を求めるのに、嫌な気持ちにさせてはいけないからと、戸惑いの気持ちを持っていたスタッフが、「当たり前のことだから、僕は嫌ではありません」と、講師に応じてもらうなど、実践的な学びが得られた研修だった。研修当時から現在では、数名スタッフの入れ替わりがあるものの、いまでも、障害のある人を落ち着いて迎えることにつながっている。

藤川 受付や監視スタッフは、私が障害のある人たちと一緒にプロジェクトを進めていて、展覧会を開こうとしているのを分かってくれていました。でも、展覧会が開かれたときに、「自分たちはどうおもてなしできるか」と心配してくれているのを薄々感じていまして。それで、当事者研修を自館でやることにこだわって館内で予算など調整し、実施させてもらいました。それがすごく役に立って。

この当事者からの研修で、自館を自走式の車椅子で走行してみたことによって、乗り越えるのに力が必要なマットの存在に気付くことができ、撤去した。他にも、受付でのコミニケーションボードの設置や災害時の誘導灯設置を行っている。一度の研修で自発的な変化がいくつも起きている意義は大きい。

車椅子の人が建物に入っていく様子

車椅子ユーザーによる美術館スタッフに向けたダイバーシティ研修

美術館内で白杖を持った女性を囲んで数名が話をしている様子

白杖ユーザーによる美術館スタッフに向けたダイバーシティ研修

こうして美術館が内側から柔らかく変容している様子は、外からはわかりづらくとも、美術館の地域での価値を押し上げているといえるだろう。

藤川 防災訓練のときには、大きな声と身振りで危険を知らせると教わりますよね。けれど、耳の聞こえない西岡さんと一緒に過ごしていたことで「あ、西岡さんは気がつかないんじゃないかな。避難の時にどうするんだろう。誘導灯だったらわかるかな」と思ってご本人に聞いたりしました。私にとっても、感覚特性者の皆さんと過ごす時間が貴重でした。電車が遅延した時にも、弱視で車椅子ユーザーでもある鎌倉さんだったらこの状況をどうするだろうかとか、関わった人の立場に立って物事を見るようになりました。日常のチャンネルが開いていくというか、それは決して大変なことではなくて、ものの見方のいくつものスイッチをもらったような気がします。

 感覚特性者と表現者、そして美術館がともに創作して展覧会を開催することは、世にメッセージを発するとともに、美術館自体が多様な人を受け入れるソフトパワーを強化していける。茅ヶ崎市美術館での事例は、障害のある人との展覧会の作り方という文脈で、美術館の新しい可能性を示唆してくれた。

 アクセシビリティと聞くと、エレベーターやスロープの設置など、ついハード面の設備強化をイメージしてしまうこともあるだろう。けれど、ひとりひとりが、ものの見方のスイッチを獲得して、日常に新しい価値観や視点を持ち込むことでバリアが解けた先には、人と人の間に健やかな関わりをもたらしてくれるだろう。

(取材・文 友川綾子)

 

 

藤川 悠

茅ヶ崎市美術館 学芸員
広島市現代美術館、森美術館、東京都現代美術館を経て現職。現代美術と教育普及を専門とし、環境や空間を活かし人の感覚に働きかける展覧会やプログラムを数多く企画。インクルーシブデザインの手法を用いアーティストや障害のある人とともに地域をリサーチするところから企画した「美術館まで(から)つづく道」展(2019)は、多様な人々に向けるアートの新たな試みとして各分野から高い注目を集めた。その他、第20、21、22回文化庁メディア芸術祭アート部門選考委員、女子美術大学非常勤講師。
photo_Ben Matsunaga

 

◆茅ヶ崎市美術館ウェブサイト「美術館まで(から)つづく道」展覧会ページ

 

トップ写真:フィールドワーク中、陸橋を軽やかに車椅子で駈け下りる和久井さんと驚くまわりの関係/ Photo: kenji kagawa

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