厚生労働省|障害者芸術文化活動普及支援事業

厚生労働省障害者芸術文化活動普及支援事業連携事務局

取組コラム

文化施設と連携し、地域の未来につながる居場所をつくる(東京都江東区)

障害者向けと講師育成、ふたつのダンスワークショップを通して

発表会の写真 撮影:たかはしじゅんいち

撮影:たかはしじゅんいち

 障害のある人を対象とした連続ワークショップ「ティアラ表現ワークショップ『のはらフル』」が、2023年(令和5年)6月~2024年(令和6年)1月にかけて江東区の文化施設「ティアラこうとう」で実施されている。ティアラこうとうにとって、障害のある人の参加するワークショップは初めての試みだ。そこで場をコーディネートしたのが、障害のある方々の美術・身体表現・音楽などの多様な表現活動やその環境の充実をめざして活動する東京アートサポートセンターRights(ライツ)(※以下、ライツ)。どのように両者が連携し、地域の文化施設で実現する事業としていくのか。障害のある人の芸術文化活動を、地域の文化施設で実現するポイントについて、ライツのセンター長である村上あすかさん、ティアラこうとう次長の佐川敏之さん、事業担当の八十島なつみさんに伺った。


障害のある方が自立支援施設の外で表現をすることの困難を、どう乗り越えていくか

報告書

報告書

 「のはらフル」が開催されているティアラこうとうは、これまでに障害のある人に向けた公演鑑賞をおこなったり、会報紙の発送準備やお弁当の配達を地域の障害者支援施設にお願いすることはあったが、障害のある人たちが表現をするための場を設けたことはなかった。しかし、公立の文化施設としてそれではいけないという思いもあったという。

佐川 地域の施設なので、地域の方にはぜひ来ていただきたい。そこにはもちろん障害のある方たちも含まれます。劇場に来ること自体が命のリスクになる方だっていらっしゃる。障害のある方はなにかをする時に選択肢が限られているので、そういった方々に来やすい場所だなと感じていただくことが使命のひとつ。皆さんの選択肢づくりをすることで、世の中を変えていく大きな一歩を踏み出していきたい。

 そこで当初企画に携わった高橋さん(令和5年度他施設に異動)※1が「鑑賞するだけでなく、障害のある方が主人公となる表現活動がしたい。また、劇場としては舞台で表現できるものをやりたい。でもどうしたら?」と模索するなか、ライツの活動報告書を見かけて、問い合わせをした。2022年春のことだ。
 ライツもまた、障害のある人々の身体表現や舞台芸術の取り組みについて「まだまだ課題がある。誰かと一緒に改善していけたら」という思いがあった。そこで、同時期に相談があったNPO法人みんなのダンスフィールドと、ティアラこうとうを引き合わせることにする。この出会いが、今につながっている。

村上 長年様々な場でインクルーシブダンスの場づくり、発表などをおこなってきたみんなのダンスフィールドさんから「今はいろんなところでインクルーシブルダンスの取り組みがされているけれど、障害のあるなしに関わらず、さまざまな方が一緒に表現できる場をファシリテーションできる方が圧倒的に足りない。育成の場をどのように広げていけばいいだろう」という課題を聞いていました。これは一緒に連携してできる形があるんじゃないかな、と思い、三者で話をしていく中で、障害のある方と一緒におこなうワークショップとファシリテータ育成研修の二本立てにしよう、というお話になりました

プログラムスケジュール

プログラムスケジュール

 当初は年度内に3~4回ほどのワークショッププログラムを考えていた。しかし話し合いのなかで、一過性のイベントにしないために長期的なプログラムにしよう、ということになり、前期(6月~)・後期(10月~)とそれぞれ4回ずつのワークショップを組んだ。また、成果発表会を最終回ではなく途中におこなうことで、発表の場を経た後も継続して経過を見ていけるスケジュールとした。
 しかし、募集を開始した頃は、なかなか参加者が集まらなかったそうだ。対象を「江東区内在住の障害のある方」としたところ、コネクションがなく、おそらく対象者の目に募集案内が触れなかったのだろうと八十島さんは言う。当初は地域の障害者施設とうまく連携が取れず、募集にはかなり苦戦した。

村上 施設に直接伺ってみましたが、「利用者さんを外に連れて行くことに加え、継続して何度も参加することはハードルが高い」とおっしゃるところは多かったです。「講師の方に施設に来ていただけるならば、いつでもお願いしたい」というところもありました。それでもやはり障害のある方が外に出て地域とつながることはすごく大切だと思っていたので、なんとかティアラこうとうまで来ていただきたい。「散歩がてら立ち寄ってみませんか」とお声がけをして、見学に来ていただくことから始めました。参加を決めてくださった施設の中には「障害のある方たちが参加できる、体験できる場所の選択肢をどんどん増やしたい」と考えていらっしゃるところもありました

 初回の頃は、ワークショップ参加者のうち、障害のある人が3人しかいないこともあった。しかし回を重ねるなかで参加者は増え、ときには10人以上になるほどに。ファシリテータ育成研修の参加者には、プログラム前半の障害がある人を対象にしたワークショップにも参加してもらう構成になっている。その理由は障害のある人、ない人関わらず、いろんな人の自己表現やその人特有の表現を引き出せることが大事だからだ。さらに、知的障害のある参加者が通う施設の職員2~3名や、個人参加の発達障害の方が参加することもあり、多い時には合わせて30人ほどが集まった。

ワークショップ実施のようす

ワークショップ実施のようす(撮影:たかはしじゅんいち)

 ワークショップでは、決められた振付を踊るようなダンスではなく、それぞれが自分の身体でもって表現をおこなう。たとえばペアになって、身体の一部を触れ合わせたまま音楽にのって自由に身体を動かすようなプログラムもある。

村上 参加していただいた施設の職員の方たちからは「これまで見たことのない利用者さんの表情や表現が見られた」とすごく感動されていました。その施設の方たちの中には、後期のワークショップに継続して参加してくださっている方もいます。



地域に暮らす障害のある人たちにとって、文化施設が居場所のひとつになること

 二本立てのプログラムを半年以上をかけて長期の開催にしたことには、公立文化施設が取り組むからこその、地域の将来を見据えた思いがある。

八十島 参加者の皆さんにとって、ティアラこうとうでの活動は生活のほんの一部。ワークショップに参加することで新しい自分の表現の仕方を見つけ、その方の生活が豊かになることに地域の文化施設として貢献できたら嬉しいです。今回はファシリテータ育成研修もおこなうことで、いずれは参加者自身が講師の方がいなくても自分たちの地域で自然とワークショップみたいなものが続いていく環境になっていくと素敵ですね。

村上 ファシリテータ育成研修は募集をかけるとかなり早い段階で応募枠が埋まり、学べる機会を求めている方は多いのだなと思いました。都内では絵を描く時間をつくっている施設は多いと思うんですけど、身体表現となると、ハードルの高さを感じるためか、美術のプログラムほどは実施されていません。もし施設の方がファシリテータとしての技術を身につけられれば、身体表現のハードルが下がっていくんじゃないか。さらには、自分たちでワークショップのようなことをできる方が増えていくと理想的なのかもしれません

 9月に前期が終了し、事業担当者の八十島さんは「初回からすごく自然に参加者の方が楽しんでいて、嬉しい驚きでした」と振り返る。

八十島 言葉で話すことが得意ではない参加者が楽しかったことを身体で表現してくれたり、最初はなかなか輪に入っていかなくても回数を重ねるうちに中に入っていったりと、そういう様子を見ると、時間をかけて雰囲気で伝えることはすごく大きいんだなということが印象に残りました。回を追うごとに、障害のある方と、ファシリテータ育成研修の方と、お互いが影響しあってどちらの動きにも良い変化が感じられた。継続してやることの意味がすごく見えた前期でした。

WS実施のようす

ワークショップ実施のようす

WS実施のようす

ワークショップ実施のようす(撮影:たかはしじゅんいち)

 地域の文化施設が、障害のある人が参加する長期間のワークショップを主催し、すべて企画運営まで実施するのは人的リソースの面でも予算の面でもかなり体力がいる。しかし『のはらフル』のように、障害のある人の身体表現活動においてノウハウを持つみんなのダンスフィールドと、ティアラこうとうという「地域に根差した文化施設」をライツがつなぐことで、双方の持ち味を生かし、地域にとって新たな試みが実現した。

佐川 今回、障害のある方々にとってはじめて鑑賞以外で施設を使っていただくことで、「ここは使いにくいよ」や「こういうところは嫌だな」という声を聞くこともできました。ティアラこうとうは2年後に改修工事をおこないますが、どうすればバリアフリーな施設になるかという視点を職員が持つことで、使いやすい優しい施設に少しでも生まれ変わることができるかもしれない。
 これまで障害のある方に向けたコンサートのための会場提供を半額でおこなったり、施設としてできるいろいろなことを考えてきました。『のはらフル』もそうです。場所の提供など地域の施設だからこそ力になれることで、障害のある方々にとって文化芸術や表現が身近になるための試みのパートナーでありたい。まだまだできる工夫はあるはず。

 ティアラこうとうは1994年(平成6年)の開館から約30年。2つの芸術団体と提携してきたことで、観客として訪れていた人がホールを利用するなど、利用者とのさまざまな関係性が広がってきた経験がある。地域の劇場として、“継続すること”の大事さを身に染みて感じている。

ティアラこうとう施設写真ティアラこうとう施設写真

ティアラこうとう

村上 今回の『のはらフル』もですが、障害のある方に開かれた取り組みを、文化施設が発信することが大切なんだと思います。自分たちの住む地域に、いつでも行けるなじみのある場所があること。障害のあるなしに関わらず誰でもが集える場がその地域に定着してしていくためには、一過性のイベントではなく、たとえ規模が変化してもいいので取り組みを続けていくことが大事だと感じています。継続をしていけば、地域の人や団体に知ってもらい、『自分たちも一緒にやってみたい』と新たなつながりが生まれたりもする。そうしてどんどん地域に受け入れられ、施設の恒例の取り組みになっていくことで、決まった予算がつくようになり、地域にとっての日常になっていくことを願います。

 成果発表会は、2023年11月3日にティアラこうとう全館を使ったイベント「ティアラあ~とふるDAY」内でおこなわれた。当日、大ホールではオーケストラアンサンブルとバレエダンサーによる音楽会や、子ども向けの企画、地域の方に向けた、障害者施設の自主製品販売、アートの展示、地域の小学校の子どもたちによる作品展など、さまざまな方と連携した企画が集合した。「いろんな方が交差する地点になることが、地域の文化施設の役割。この場所が、障害を持っている方たちにとっても自由に来ていただくことができる文化施設でありたい」というのがティアラこうとうとしての願いだ。

発表会チラシ

発表会チラシ

発表会の写真

発表会のようす(撮影:たかはしじゅんいち)

 

今回はライツがハブとなり、このような熱意を持ったティアラこうとうとみんなのダンスフィールドが出会い、地域に暮らす障害のある方や福祉施設を繋いで「のはらフル」が実現した。障害のある人の芸術文化活動を、地域の文化施設とともに実現するポイントについて、村上さんはこう答えてくれた。

「日頃から連携していけるのは、ティアラこうとうや担当の八十島さんが私たちの活動に賛同してくださっているからです。「のはらフル」も支援センター側だけが主体的に動いていても形にならなかった。文化施設の方たちの思いがないと、絶対に実現できなかったと思います」


文 河野桃子
公開日:2024年1月

 

東京アートサポートセンターRights 村上あすか

2020年社会福祉法人愛成会に入職し、配属先の法人企画事業部にてアール・ブリュットをはじめとする芸術文化関連の公益事業を担当。2021年より東京都の障害者芸術文化活動支援センターの運営に携わる。2023年より東京アートサポートセンターRightsセンター長。

 

佐川敏之

江東区文化コミュニティ財団 江東公会堂(ティアラこうとう)次長。

 

八十島なつみ

江東区文化コミュニティ財団 江東公会堂(ティアラこうとう)職員。

関連の取組コラム

広島県アートサポートセンター、広島大学、広島県、広島県立美術館が理想のタッグ

舞台芸術と出会う場から、夢に向かうための道をつくるー国際障害者交流センター ビッグ・アイ(大阪)

さまざまな人の力を借りて事業を進めることを大事に―島根県民会館

ページのトップへ戻る