厚生労働省|障害者芸術文化活動普及支援事業

厚生労働省障害者芸術文化活動普及支援事業連携事務局

取組コラム

広島県アートサポートセンター、広島大学、広島県、広島県立美術館が理想のタッグ

「餅は餅屋」の連携で、課題解決や新たな取り組み実現に

対話型鑑賞会 対面+ロボット

広島県アートサポートセンターのとある実験に参加させていただいた。筆者は長野県の在住、現場は広島県立美術館。筆者はパソコンの矢印キーを駆使して、Wi-Fiでつながった広島県立美術館の展示室に配置されたロボットを動かしながら絵画を鑑賞するというものだ。ロボットには車輪があり、こちらの進みたい方向に移動させることができる。そのロボットの頂部にはタブレットが設置され、これを通して現場にいる方々と対話したり、空間を見回したり、希望する絵画の前まで行って鑑賞したりするのだ。Wi-Fiが届きにくい場所はどこか、床の素材によってスムーズに移動できるかなどの実験の一環だったが、なかなか思い通りには進まないものの気分が上がるひと時だった。実はこうした取り組みの背景には強固な地域のネットワークがあった。そのネットワークを構成する広島大学人間社会科学研究科准教授の池田吏志さん、広島県障害者支援課の川尻博満さん、広島県立美術館の学芸員・森万由子さん、そして広島県アートサポートセンターの川口隆司さん、保田香織さんに話を伺った。


ひゅーるぽんの前身は、“面白い地域をつくるためにできることをやろう”と活動したボランティア団体

 広島県アートサポートセンターを運営するのは「認定特定非営利活動法人 コミュニティリーダーひゅーるぽん」。ひゅーるぽんでは、前身のボランティア団体として立ち上がった1981年(昭和56年)から地域の障がいのある子ども達の支援活動を開始し、90年代後半からは、障害のある人の作品の展覧会や支援者のためのセミナーなどを実施し、県内に独自のネットワークを築いてきた。我々の取材の窓口になってくださっている、ひゅーるぽんスタッフの保田香織さんも、障害のある人の多動・衝動などに悩んでいたところ、このセミナーに出会い、アート活動の可能性を感じて、やがてひゅーるぽんに参加することになった。

 「私たちはボランティア団体として、障害のある子どもたちの育ちの場をつくろうと地元の社会福祉協議会と一緒になって活動してきました。”自分たちでできることをどんどん考えてやっていこう!”とメンバーたちが中心になって、遊びだけではなく、キャンプや旅行なども実施していたんです。99年にたんぽぽの家(奈良県)の播磨靖夫さんと出会ったのをきっかけに、2000年から翌年にかけてに新しい視座で障害のある人たちの芸術活動を考える「トヨタ・エイブルアート・フォーラム」、2001年に障害のある人のアート展を開催していく中で、さまざまな皆さんとのネットワークができました。そして、2009年に広島市立大学芸術学部と障害のある人のアートの活用に関する厚生労働省の事業を受託したことなどを経て、「障害者の芸術活動支援モデル事業」*1にお声がけいただいたのです。その後、2018年に私たちは認定NPO法人になりました」と語るのはひゅーるぽん理事長の川口隆司さんだ。

アート・ルネッサンス2001

アート・ルネッサンス2001


表現と鑑賞に関する実態調査から一体型プロジェクトへ

 一方、広島県では2012年から、障害のある人の芸術活動への参加を通じて、生活を豊かにするとともに、県民の障害への理解と認識を深め、障害のある人の自立と社会参加の促進に寄与することを目的とする「あいサポートアート展」を実施していた。その審査員を広島大学人間社会科学研究科准教授の池田吏志さんが務めたことで、ひゅーるぽんのスタッフ、広島県職員との出会いが生まれる。

 池田さんは彫刻が専門で、かつて特別支援学校で美術の教員として働いていた。広島大学に着任してからは障害のある人のアート活動について研究をしている。全国の特別支援学校での美術活動の実施状況を調査していたこともあって、ひゅーるぽんが受託する「広島県アートサポートセンター」と協働で 、広島県在住の障害のある人達が特別支援学校卒業後にどのくらい美術活動をしているのか、実態調査をすることになった。これが、後に広島県障害者支援課、広島県文化芸術課、広島県立美術館、広島大学、広島県アートサポートセンターが協働する「アートと共生に関する調査及び施策一体型プロジェクト」(以後、一体型プロジェクト)につながっていく。

 実態調査の報告書(「障害のある人、サポートする人の表現および美術展覧会の鑑賞に関する実態調査」(2021年3月)*2では、「表現活動に関する実施状況」「鑑賞活動に関する実施状況」「展覧会への行きづらさ」「オンラインや映像による鑑賞について」などが調査され、「今後の施策に向けた展望」ではこう締められている。

・障害のある人たちが「観る」だけではなく「参加可能な」施策の検討が必要である。
・本人への対応と同じく支援者・事業所等に対して美術鑑賞の魅力を伝える必要がある。
・鑑賞環境のサービス・ソフト面の発展的改善が求められる。
・障害のある人たちの表現・鑑賞を充実させるための人的育成も求められる。


池田 僕らの調査を、“得たい情報だけをいただいて終わり”にするのではなく、調査に基づいて、この結果にどういう意味が秘められているのかを問うことが必要です。この調査から見えてきたのは、障害のある人達の鑑賞活動の少なさでした。絵を描くなど、表現活動についてはそれなりに体験している人は多い。しかし、鑑賞をしている人はかなり少なかった。私たちはこの結果から、障害のある人に参加してもらえる取り組みを考えていかなければなりませんでした。

川口 情報が届かないなどの問題もあるかもしれませんが、例えば自閉症の方が大きな声を出してしまうかもしれないからと、第三者が美術館へ足を運ぶことを止めてしまうことでアクセスを阻害してしまうこともある。創作に広がる可能性の機会が失われてしまうという傾向が見えてくるわけですから、私たち支援センターとして事業の戦略を練ることにつながっていくわけです。


 そこで白羽の矢が立ったのは、広島県立美術館で実施されていた対話型鑑賞だった。学芸員によるファシリテーションのもと、参加者が絵を鑑賞しながら考えたことを自由に話す活動を障害のある人を対象にしてやってみたいと考えたのだ。

対話型鑑賞会対面+ロボット②

対話型鑑賞会 対面+ロボット


課題を共有した美術館との表現及び鑑賞一体型プログラムの開発・実施

 その後は、厚生労働省「障害者芸術文化活動普及支援事業」の主幹である広島県障害者支援課から、広島県文化芸術課、広島県立美術館へと連携の輪が広がっていく。川口さんも池田さんも、広島県で長く福祉施策に携わっている広島県障害者支援課の川尻博満さんの尽力が大きかったと言う。川尻さんは最初の実態調査から今日まで、この一体型プロジェクトに加わり、サポートをしてくれる心強い存在だ。他部局との調整や県立美術館との連携を進めた立役者であるという。

 もちろん実態調査でさまざまな課題が見つかったことや、「調査するだけではなく結果に基づいて施策を合わせて考えていかなければ」(池田さん)という姿勢にも相応の説得力があったからかもしれない。

 広島県立美術館としても「本来、美術館はだれもがアクセスしやすい場所であり、障害のある人が気軽に、直接コンタクトをとっていただくことができる環境でなければならないはず」と、このプロジェクトの担当学芸員となった森万由子さんは当時ジレンマも抱えていたと言う。

 その後、ひゅーるぽんと池田さんと広島県立美術館(学芸課長の福田さん)は美術館で実施するプログラムの企画会議を行い、様々なアイデアを協議する。その中から、第1歩として選ばれたのが、「写真・動画づくりセミナー&ワークショップ」(2021年3月開催)だった。参加者は、広島県立美術館が所蔵する作品を鑑賞するだけではなく、スマホやタブレットを使って撮影し、そこから感じたことから着想して動画を制作するワークショップだ。

池田 参加者は障害の有無は関係なく募集しました。映像クリエイターの方に来ていただき、スマホの構え方や編集アプリの使い方を教わるところから始めて、実際に美術館の作品を撮影して、ムービーを制作するというものでした。森さんには著作権フリーの所蔵作品を選んでいただき、当日は作品の解説をしていただきました。このワークショップは、表現と鑑賞を一体的に行う取り組みとして実施しました。

作品鑑賞・解説 

作品鑑賞・解説

撮影方法のレクチャー

撮影方法のレクチャー

編集・動画づくり

編集・動画づくり


 表現と鑑賞を一体化させたプログラムの 第2弾は、「アートを楽しもう みんなで楽しむおしゃべり鑑賞会〜君の見方で絵をみよう〜」(2021年10月)、「アートを楽しもう 1枚の絵をきっかけに〜はじまることば・はじまる写真〜」(2021年10〜12月に募集)だった。

 最初に行ったおしゃべり鑑賞会では、「対話型鑑賞」の手法が使われた。森さんがファシリテーターを務め、障害のある人6名が、 zoomで広島県の洋画の先駆者・小林千古の《ミルク・メイド》を鑑賞した。※対話型鑑賞の様子はYouTubeでも公開されています。*3 また、その継続企画として、同じく小林の作品をお題として考えたこと、想像したことを ①自身がモデルになって同じポージングやアレンジしたポージングで撮影する、もしくは、②物語や詩、タイトル、漢字の組み合わせなど言葉による表現にするという取り組みが行われた。

 知的障害のある方々との対話型鑑賞会は実施したことがなく、他の場所での先例も多くはありませんでした。意見が出なくて対話が膨らまなかったらどうしよう、想像が奔放すぎて私自身が対話を広げられなかったらどうしようと心配でした。作品は悩みながらも、やはり人物が描かれているものの方が物語が想像しやすいだろうということで選びました。けれど、これら心配をよそに当日は意見がどんどん出たんです。あとで写真を撮るなど表現につなげるということもあったためか、選んだ作品が想像を喚起しやすかったのかもしれません。普段の鑑賞会では最後に作品の背景や作者の意図を話したりもしますが、盛り上がりすぎて時間が足りなくなってしまいました。

保田 森さんもですが、参加者の皆さん同士も初めての出会いになるので、雰囲気を和らげるように事前にオンラインで顔合わせ会をやりました。顔合わせ会では、自己紹介をして名前の呼び方を決めたり、どんなことをやるのかお伝えしたりしました。参加者のお母さんたちは対話型鑑賞に参加しても発言できないのではないかと心配されていらっしゃったのですが、「初めての人たちばかりの中で話せている、あんな表情を見たことはなかった」など驚かれたようです。

 対話型鑑賞はクリエイティブな表現の場だなと思うんです。自分の意見を言ったり、ほかの人とアイデアを持ち寄ったりする様子を見ていて、絵を描くなどだけではなく、表現に関するさまざまな可能性があるなと思いました。 

 そしてこれらの取り組みは、この記事の冒頭に紹介した第3弾の「ロボットでアートを鑑賞しよう!!」(デモンストレーション、2022年3月)、「遠隔ロボットを使った鑑賞会 in あいサポートアート展示」(2022年11・12月)へと続いていったのだ。

川口 これは美術館に行きたいけれど、物理的に行くことが難しいという人を対象に、何かいい方法がないかと考えていたときに、他の美術館でこのロボットに出会いました。京都の支援学校の生徒さんが自分の分身のように動かしている様子に、これはすごい、一つの可能性として何かできるのではないかと考えたんです。ただ地下の展示室を使った対話型鑑賞のときはWi-Fiの関係でうまく動かなかったんです。(苦笑)

あいサポートアート展(遠隔ロボット動画)ロボット鑑賞の様子


サポートアート展(出品者との対話)ロボットで鑑賞する出品者と作品について対話をした。
あいサポートアート展(出品者との対話)ロボットで鑑賞する出品者と作品について対話をした

 

おわりに

池田 私たちのプロジェクトは、 必要なことや新しい取り組みをその都度話合って協議し、それぞれの団体や機関の強みを生かして実現させていく点が良い所だと思っています。 また、このプロジェクトの推進には、2022年8月に、世界各地の美術館・博物館関係者4万人以上が加盟する、世界で唯一のグローバルな博物館組織「ICOM(International Council of Museums:国際博物館会議」でミュージアムの新定義が採択されたことも後押しになったかもしれません。「一般に公開され、誰もが利用でき、包摂的であって、多様性と持続可能性を育む」場ということで、「包摂的」「多様性」といった言葉が織り込まれたのです。私は先日、イタリアのいくつかの美術館に調査に行く機会があったのですが、その影響は強く出ていました。美術館や博物館でインクルージョンを推進する動きは、今後さらに活発になっていくと思います。

川口 僕らは「アート・ルネッサンス」を通して障害のある人の表現活動を支援してきました。ここ数年、障害者芸術文化活動普及支援事業の中で演劇もやるようになった。いろいろな人が混じって一緒になってやるので、彼らの表現を見て新たに僕らが感じたり、彼ら自身が感じたりということが生まれてきています。そして今回の一連のプログラムを通しても感じる喜び、多彩性を感じることが非常に大切だということを思いました。表現活動、文化はだれもが、多様な感じ方ができるものなんです。このことを私たちは広くシェアすることも同時にやっていかなければなりません。表現することを支えたり、表現をするために環境の機会を整えるということだけに止まってはいられないと考え始めているところです。

 ひゅーるぽんさんの活動があり、池田先生の活動があり、広島県立美術館の動きがあって、私としては最初はどこか受け身で始まった連携でしたが、プロジェクトに巻き込んでいただいたおかげで、すごく大事なことを考える機会をもらいました。障害の有無にかかわらず、潜在的にこれから美術館のファンになってくださる方、今まで美術館に来たことがなかったけれど来てみたらすごく面白かったと思われる方たちにどんどん間口を広げていけたらと思っています。


 これらは三人三様の立場からのコメントだが、なによりお話をうかがっている間も、前にロボットの体験をしている間も、このプロジェクトに関わっている皆さんが本当に楽しそうにしていたことが印象的だった。それは先に紹介した実態調査を行ったことによる目指すべきものが明確にあるからなのかもしれない。

 この一連のプロジェクトの流れは、美術科教育学会の『美術教育学』、第44号「障害のある人のオンライン対話型鑑賞―コミュニティにおけるアート・ベース・プロジェクト―」*4や、国際誌のInternational Journal of Art & Design Education、第41巻4号、「An online art project based on the affirmative model of disability in Japan」*5に掲載されているので、ぜひそちらにも目を通してほしい。このプロジェクトに参加している皆さんは、これからも、一つ一つの課題をクリアしながら次に何ができるのかを皆さん自身が楽しみにしている。それは障害のある人たちにとっても、また一つ、文化芸術に出会う扉が開くことを意味しているからだ。

取材・文:いまいこういち

公開日:2024年1月

●参加者による動画作品

Aさん(福祉施設職員)

Bさん(大学院生/ろう者)

Cさん(中学生)

 

*1「障害者の芸術活動支援モデル事業」
芸術活動を行う障害者及びその家族並びに福祉事業所等で障害者の芸術活動の支援を行う者を支援し、その成果を普及することにより障害者の芸術活動の支援を推進することを目的とした事業。実施主体は厚生労働省で2014年より2年間にわたって行なわれた。これが2019年からの障害者芸術文化活動普及支援事業へつながった。

*2  地方自治体・大学・NPOの連携による障害のある人・サポートする人の表現及び美術展覧会の鑑賞に関する実態調査 | CiNii Research

https://cir.nii.ac.jp/crid/1520010876024552448

*3  みんなで楽しむおしゃべり鑑賞会〜君の見方で絵をみよう〜
https://www.youtube.com/watch?v=yO6uIc0FO-o

*4 障害のある人のオンライン対話型鑑賞 : コミュニティにおけるアートベース・プロジェクト | CiNii Research

https://cir.nii.ac.jp/crid/1520296666089879296

*5  An Online Art Project Based on the Affirmative Model of Disability in Japan – Ikeda – 2022 – International Journal of Art & Design Education – Wiley Online Library
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/jade.12438

 

 

池田吏志

広島大学人間社会科学研究科准教授。博士(教育学)。筑波大学大学院芸術研究科美術専攻修了、武庫川女子大学文学部非常勤講師、大阪府立学校教諭を経て、2011年より現職。美術科教育学会理事、同学会インクルーシブ美術教育研究部会部会長。アートと障害の交点を主な研究領域としている。主著に『重度・重複障害児の造形活動』(ジアース教育新社,2018)がある。

 

川尻博満

広島県健康福祉局障害者支援課 参事
1988年(昭和63年)広島県に行政職として入庁後、土木建築局、総務局、県立広島病院、健康福祉局医務課等を経て、障害者支援課に勤務(今年で6年目)。仕事をきっかけに、障害のある方の文化芸術活動の魅力に惹かれ鑑賞やワークショップに参加。

 

森万由子

広島県立美術館学芸員。修士(美術史学)。専門は西洋近代美術。学校との連携などの教育普及業務にも携る。所蔵作品展の関連イベントとして、対面(2019年~)およびオンライン(2020年~)での対話型鑑賞会を実施している。

 

川口隆司

1981年、安佐南区にボランティアグループ『ひゅーるぽん』を設立。2001年4月に教職を辞し、NPO法人として子どもたちの育ちを支援するこども発達支援センターおよび障がいのある人の社会参加を支援する就労継続支援B型事業所「ぽんぽん」、広島県アートサポートセンターの運営を行うとともに、街づくり、ボランティア育成活動を展開している。

 

保田香織

広島県内の障害者サービス事業所に勤務したのち、2014年9月より、NPO法人ひゅーるぽんのアートサポートセンターひゅるるの専従スタッフとして勤務。アート現場の支援を行いながら広島県アートサポートセンターの担当者として従事している。

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