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アートかどうかではなく、愛ある「発見」のプロセスに光をあてる―中国・四国Artbrut Support Center passerelle(パスレル)

福祉現場や日常に「気づき」を仕掛ける方法とは?

「アートはわからない」といった話はよく聞かれる。それは決して福祉の現場だけの話ではなく、敷居が高いイメージから「アート」と呼ばれるものに苦手意識を持つ人は少なくない。一方で、「アート」と「アートでないもの」の境は実にあいまいで、きっぱりと二極化できないことも確か。今回紹介する事例は、その割り切れなさを敢えて提示するような試みだ。岡山県早島町を拠点とする生活介護事業所「ぬか つくるとこ」による「なんでそんなんプロジェクト」、中国・四国ブロックの広域センターであるArtbrut Support Center passrelle(パスレル)が共同企画した「なんでそんなんエキスポ」は、障害の有無に捉われず、日常の中で問題行動とされがちな事例を集め、愛情やユーモアを持って眺めてみようという企画だ。事業に込められた想いや意義を語ってくれたのは、仕掛け人の一人、高知在住の美術家・土谷享さんだ。

 


 

土谷享さんは、”もちつもたれつ”をテーマにする美術家ユニット「KOSUGE1-16」として「どんどこ!巨大紙相撲」「木造の人力メリーゴーラウンド」などのアートプロジェクトを全国各地で仕掛けたり、国内外の美術館、アートセンターでの展覧会やアートプロジェクトなどに参加している美術家だ。そして、2020年からは、中国・四国ブロックの広域センター Artbrut Support Center passrelle(以下、パスレル)で、芸術文化活動支援コーディネーターを務めている。
 そのパスレルでは、アートを活用した自分らしい生活を送ることのできる事業所「ぬか つくるとこ」(以下、nuca)がライフワークの一環で行っている「なんでそんなんプロジェクト」を骨格にした、「なんでそんなんエキスポ」を広域センターの事業の一つとして行った。

パスレルの活動の様子

パスレルの活動の様子



展示作業の様子

展示用の作業をする土谷さん


土谷 nucaさんの「なんでそんなんプロジェクト」は、nucaさんが日常の出来事を記録したりシェアすることを目的に始めた活動です。2020年度からどなたでも応募できる仕組みになり、「なんでそんなん大賞」にもなっています。「なんでそんなん」というネーミングは、アンデパンダン(無審査・無賞・自由出品を原則とする美術展)に似ているということから考えられたそうです。利用者さんの行動に、岡山弁で「なんでそんなん」とツッコミを入れたところ、語感が似ているということでプロジェクト化したと聞いています。
 nucaさんと私の出会いは、2020年の秋、中国・四国広域センターで予定していた事業がコロナ禍で軒並み頓挫していく中、このような困難な時期だからこそ誰か一緒に企画をやってくれる方々はいないかと探すうち、岡山県倉敷市で放課後等デイサービス「ホハル」を運営するアーティスト・滝沢達史さんに事業のディレクターを委託したことでつないでくださったんです。


 「なんでそんなんプロジェクト」のコンセプトは、こうだ。

――人の行為から生まれる「よくわからないもの」を断絶し、排除するのではなく、または、「無理にわかり合おうとするのでもなく」、想像力を駆使して「分からなさを楽しむこと」。「なんでそんなん」な行為や作品に注目するだけでなく、「なんでそんなん」を見つける「発見者」の育成をすることで生きやすい社会を目指す。――

 また、この「発見者」について、nucaの公式サイトではこう書いている。

――「なんでそんなん?」は、お笑いでいうところの「ツッコミ」の言葉です。他者の突飛とも思える行動をネガティブに捉えるのではなく、ポジティブに受け入れ「ツッコミ」を入れる。ツッコミによって、多様な人の営みをおおらかに受け入れ「楽しむ」能力を高めます。想像を超える現実を前にユーモアを持ってツッコミを入れることのできる人材を育成することが、福祉、教育、医療、のみならず現代の社会全体に有効に働くことになると考えます。――

 「なんでそんなんプロジェクト」は日ごろからホームページで事例を募集しているが、投稿された事例の中から「なんでそんなん大賞」をはじめとする賞の選定を行っている。ちなみに大賞には米1俵60キロ(米屋の山田村が選んだ岡山の米)が贈られる。賞を設定しているのは、優劣をつけるためではなく、広く応募をしてもらうためだ。

 「なんでそんなんエキスポ」は、「なんでそんなんプロジェクト」に応募された事例のすべてを展示するというプロジェクトだ。展示された事例の中から大賞が選ばれる。ディレクターをホハル代表の滝沢さん、共同ディレクターをnuca代表の中野厚志さんが務める。
 第一回は、岡山県玉野市宇野の「HYM hostel」で開催され、2~4階の約10部屋を展示スペースにし、うち数部屋はゆっくり鑑賞できるように作品とともに宿泊できるプランも準備された。HYM hostelは、ジュエリー・アーティストの西野与吟さんが、2014年ごろから有志と共にリノベーションした多目的施設、東山ビルにある。
 第二回は藁工倉庫を改修し、アール・ブリュット、アウトサイダー・アート、美術や芸術だけでなく、身の周りにある「おもしろい!」を感じ、創り、楽しむ小さな美術館、高知県高知市の「藁工ミュージアム」が手を挙げ、会場になった。

作品写真

第一回「なんでそんなんエキスポ」より「ガムテープの種」

 

第一回「なんでそんなんエキスポ」展示写真

第一回「なんでそんなんエキスポ」より大賞受賞「オボットくん・鳥谷 敬・展示・菊池郵便局」


 広報のためチラシを四国・中国ブロックの福祉施設約8,000件、公共ホール、美術館などに送付した。特に、日ごろ利用者の問題行動に向き合っている人びとが新しい視点に気づくきっかけになればと、ブロック内の福祉施設にはほぼすべてを対象にしたそう。第一回は約120件、第二回は125件の事例が集まった。受賞事例から、いくつかを紹介してみたい(プロジェクトのサイトより引用、編集)。

第一回(2021年度)
▶︎審査員特別賞
「補強したカッター机」
行為者:辻野正三さん
投稿者:福岡知之さん
 就労継続支援B型事業所「青い空」の利用者・辻野さんは、ティッシュボックスくらいのサイズの箱の蓋を開けて中身を取り出すという流れ作業の中で、蓋を留めているテープをカッターでカットする仕事を担当していた。その仕事は6年6カ月続いた。辻野さんはカッターの切れ味が悪くなると、机の小口で刃を折り、机に差し込んでいく。刃の枚数が増えて中に入りにくくなると、金槌で叩いて入れる。辻野さんの作業机は徐々に膨らみ、歪み、使えなくなったことから天板を交換することになった。

「補強したカッター机」の写真

「補強したカッター机」カッターの刃が差し込まれた机の小口の様子


第二回(2022年度)
▶︎大賞
「靴下長族」
行為者:リュウスケくん
投稿者:お父さん
 靴の中だけ異様に知覚過敏なリュウスケくん。彼の儀式は、お気に入りの靴下を引っ張り上げ、その状態のまま慎重に靴を履くこと。本来かかとに来るべき部分はいつもアキレス腱の方にズリ上がってしまうが、友達に指摘されても、本人はまったく気にしない。写真をさかのぼって調べると、幼稚園の年中時代まで確認することができたらしい。

靴下長族の写真

思わず笑顔になりそうな「靴下長族」


土谷 滝沢さん、中野さんと話す中で、「なんでそんなんエキスポ」はアール・ブリュットや障害者アートを見せる器ではなく、なんでもウェルカム、選ばないと決めています。そして博覧会(エキスポ)という建てつけにすることで、展覧会という完成形ではなく、事例集をお見せしようと。つまり障害がある方がプレイヤーとしてアートに携わるというよりも、その発見のプロセスを見つめることで、障害のある人と支援者の双方に着眼することになるわけです。年齢、性別、国籍、障害の有無に関係なく募集しているのは、誰でも日常的に「なんでそんなん」というような行動をしているから。そのことによって、いわゆる「アール・ブリュット」や「障害者アート」というものの動きとの違いを見せることができると思うんです。

 厚生労働省の「障害者芸術文化活動普及支援事業」で掲げられているのは、「芸術文化活動普及」である。「なんでそんなん〜」で見せたいのは、芸術文化=アートなのか、それとも…?

土谷 「なんでそんなん〜」はアートではありません。アートかアートじゃないかという議論ではハレーションを起こしてしまうので、その間のグラデーションの役目を果たしていると捉えたらいいと思います。アートだと言ったら関わりにくくなってしまう。アートかどうかではなく、向き合い方に愛があるかどうか。もちろんアンデパンダンというワードをヒントにネーミングしている限り、アートに対するカウンターに位置するものなので、大きな文脈としてはアートとして語ることは当然です。しかし内側からはアートとは絶対に言わないというスタンスも重要だと考えています。

「靴下長族」の展示風景

第二回「なんでそんなんエキスポ」より「靴下長族」


 話はアート論の領域に入ってしまっているのだろうか? アートの苦手な人には難しくなってきたので、もう少しわかりやすく説明をしてもらうことにした。

土谷 うーん、見方、気づきなんです。個人の気持ちの変化、見方の変化。要するに差を認め合う、違いを認め合うんですけど、わかり合おうとするではなく、違いは違いのままにしておいて楽しもうということです。お互いをわかり合おうとか、わかってほしいと思ったらコンフリクト(対立)が生まれてしまう。「なんでそんなんエキスポ」のポイントは、応募事例を問題行動と捉えるとギスギスする要因になってしまうので、愛をもって向き合い、愛をもってツッコミを入れること。ツッコミを入れた行動には、ナイスなネーミングをつける。確かに日常の行為だから、「またか」と感じる側には見方を変えることが必要になります。でもそこがユニークなところかなと。つまり問題は問題のままなんです。でも日々の人間らしい営みを送るために、ささいな問題や事件、事故を日常の中に内在しておくのは一つの方法でもある。拭ってしまおうとすると逆に大変なことになる。問題は問題で解決しないで愛を持って置いておく。でもそれが「解決」でもあるんです。
 
 「なんでそんなん」というフレーズは、ユーモアと親しみやすさ、そしてその言葉を発した側と発された側の関係性までも感じられるような、絶妙な言葉だ。普段は問題行動と呼ばれるものでも、この言葉が冠されるとなんとなく軽やかなイメージとなる。言葉だけでは問題の本質は変わらないが、変化が起きるのは周囲の問題行動に対するまなざしだ。前述した「補強したカッター机」では、施設のスタッフが机を運ぶときに危ないので、センター長は何度か止めるように伝えていた。でも「なんでそんなん大賞」に応募することで、視点を変化させるチャンネルを持てたことが大きい、と土谷さんは言う。

「補強したカッター机」の展示風景

「補強したカッター机」の展示風景

「補強したカッター机」レントゲン写真

「補強したカッター机」をレントゲン撮影してみたら……


土谷 障害者芸術文化活動普及支援事業に携わっている皆さんの中には、「『アール・ブリュット』をやらないといけない」と思っている方もいるかもしれない。アートはわからない上に、これまでアール・ブリュット(に代表される、障害者による芸術文化の枠組み)で培われてきた前例があまりに巨大だから重圧になっている気がするんですよね。でもそんなことないよ、こういうやり方も一つあるよということを知ってもらえればと思っています。
 福祉現場の話になりますが、あまりに業務的になりすぎると、日々の営みを形骸化させしまう要因にもなるのではないかと思います。「なんでそんなん〜」はコンピューターでいうところのOS。「なんでそんなんOS」を入れたら、しんどさの中にも豊かさの種が生まれるかもしれない。そこに展覧会というアプリを載せればアートという文脈になるかもしれないし、デザインのアプリならばグッズ展開も可能かもしれない。すべてが地続きのことなんですよ。


 世に言われるアートや芸術文化の枠組みにとらわれすぎると、アートが本来持つ自由さや多様さが失われるというジレンマに陥りかねない。対して「なんでそんなんプロジェクト/エキスポ」は、一人一人が少し視点をずらすことで、日常の風景が変わって見えるという気づきへの提案だ。大げさなことはしていない。それは、アートかアートでないかという議論を超えて、福祉現場の膠着感や生きづらさを乗り越える可能性にもつながるだろう。同時に、「アートなんてできない」と悩む福祉現場へ向けた、もっと肩の力を抜いては?というメッセージでもあるのではないだろうか。


(文 いまいこういち)
記事制作協力:NPO法人ドネルモ


土谷さん写真

土谷 享(Takashi Tsuchiya)

1977年、埼玉県生まれ。多摩美術大学絵画科卒業。2001年より”もちつもたれつ”をテーマに美術家ユニットKOSUGE1-16の活動をはじめる。「どんどこ!巨大紙相撲」(2006年〜)や木造の人力メリーゴーラウンド (2017年〜)などの鑑賞者を参加者に変質させるプロジェクトを多く手がける。これらのアートプロジェクトや展覧会は国内外のアートセンターや美術館、芸術祭などで行なっている。2020年よりパスレルの芸術文化活動支援コーディネーターを務める。

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