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日常のケアの延長で、アーティストとのシナジーをつくる―NPO法人シアターネットワークえひめ/愛媛県障がい者アートサポートセンター

福祉施設とアーティストが出会うと何が起きる?

いくら言葉で説明しても、なかなかわかってもらえない幻聴幻覚の世界。ゆえに生まれる偏見や無理解の壁を溶かしていくきっかけとして、当事者の語りを作画して『幻聴幻覚カード』を制作。出来上がったカードを使ってアーティストと幻聴幻覚の経験を共有するワークショップが行われている。NPO法人シアターネットワークえひめが開設した就労継続支援B型事業所 風のねこにおける取り組みだ。風のねこの森本しげみさんと、アーティストの派遣でサポートを実施予定の愛媛県障がい者アートサポートセンター(県域の支援センター)の天野 真紀子さんに、福祉の現場でアーティストが活躍することで起こっている変化や、受け入れる際のコツを聞いた。



NPO法人シアターネットワークえひめは2007年に設立され、舞台芸術を軸に市民とともに芸術文化を創造・発信していく事業を行なっている。2019・2020年度は道後アートプロジェクトに参画し、道後温泉のホテルや旅館、商店などに社会的支援を必要とする人たち28名の作品を展示する「ひみつジャナイギャラリー」を企画・運営するなど、演劇公演、ワークショップ等々、事業は多岐にわたる。中でも特徴的なのが2018年に精神障害のある方への就労支援を目的としたB型事業所「風のねこ」の運営にあたっていることだ。

風のねこ外観。シアターネットワークえひめが運営する小劇場「シアターねこ」の2階東側が風のねこ

風のねこで現在取り組んでいるのが、利用者が作成した『幻聴幻覚カード』を用いたワークショップである。担当者の森本さんが2019年に東京の「TURN展」で、東京・世田谷区の福祉事業所ハーモニーが制作した『幻聴妄想かるた』を知ったのがきっかけだった。まずはカード制作に取り組み、文化庁からの受託事業として予算を確保した。

森本 『幻聴妄想かるた』を知って、精神障害への理解を進めていくたのめツールになると思いました。実態をもっとわかってほしいと当事者が感じている幻聴幻覚を、絵にして伝えていくことの面白さも感じました。「カード」にしたのは、「かるた」だと五十音つくることにとらわれて「あ」がない「よ」がないと、そのために幻聴幻覚を探すことになるので、できたものをそのままやろうと「カード」になりました。

 『幻聴幻覚カード』は風のねこの利用者が制作している。利用者には幻聴幻覚が見える、聞こえる当事者以外にも、幻聴幻覚が全くない人もいて、当事者からたまたま絵を描くのが得意だった利用者が話を聞き、ふたりで一緒にイメージイラストをつくり、カードを制作していった。ちょっと描いてみて、「こんな感じでしょうか?」と確認して「色はもっとこんな感じ」とやりとりを重ねている。話し合いだけで1つのカードにつき1回に2時間。作画担当の利用者の作業時間を考えると、かなりの時間をかけて制作しているのがうかがえる。作画を担当した田和さんはこう語る。

『幻聴幻覚カード』制作の様子。利用者間でやりとりを重ねる

幻聴幻覚の文章を本人がチェック

田和 私には幻聴幻覚の経験がないのですが、皆さんのお話を聞いていて、こんなにも苦しく恐ろしい体験をしていらっしゃることを初めて知りました。そして、自分では耐えられないような恐怖と戦っている皆さんは、本当に強い方たちだと思います。カード一枚一枚が全く違うストーリーを持っているので、一つ一つ、想像し、考えて、胸が締め付けられるような感覚を覚えました。何も知らなかった私が、カードを通して学んだことは、良い経験になりました。カードに携わった皆さんに感謝しています。

こうしてカードをつくる過程で、当事者と作画を担当したパートナーの利用者間で相互理解が生まれている。思っていた通りに描いてもらえたことで、幻聴幻覚を人に話すことに抵抗感を持っていた当事者は、人に伝えられている感覚を得たようだ。最近では仕上がったカードを見て、自身の幻聴幻覚を自ら描く利用者も現れてきたそうだ。アーティストが関わるのは、このカードを活用する段階になってからである。俳優・演出家・劇作家の有門正太郎と俳優の斉藤かおるが、幻聴幻覚カードをもとに当事者から話を聞いている。

『幻聴幻覚カード』表面

『幻聴幻覚カード』裏面

2020年度の初回ワークショップに参加した利用者は3名。2021年度には5回のワークショップを開催して5〜11名がそれぞれ参加した。内容もカードを素材に話をしたり、朗読や歌、絵本の語りを体験してもらったり、即興芝居に挑戦してみたりと、広がってきている。

森本 事業所の中で一緒に働いている利用者同士でも、幻聴幻覚の話をたっぷりすることはないので、まずは互いに自分の持っている特徴を話して、互いを知ることから始めています。ワークショップでは、外部の人にこんなに話せるなんてと思うくらい話しをされていました。最初は雑談をしていて、ほぐしていただいたのが良かったです。

一色 有門さんと同い年だったんで、「うさぎ年ですか?」「私もうさぎ年なんですよ」とかいって最初はそんな話をしていました。私の病気は統合失調症なんですが、他の統合失調症の人が人を殺していて、その事件が話題になった時にはとてもつらかったです。不動産屋さんが家を探してくれなかったりして悩んだりしたこともありました。幻聴幻覚は自分だけがおかしいのかと思ってましたが、有門さんの時にみんなが話してくれて、みんないろんな症状を持っているのだと思いました。和やかな雰囲気でいろんな話ができてよかったです。有門さんもまた、お芝居してくれるかもしれないっていうことだったので、嬉しかったです。

アーティスト 有門正太郎によるワークショップの様子

今後は幻覚幻聴カードのヒアリングチーム(作画と聞き手)を結成し、他施設に訪問してのカード制作を行う予定だ。カードを通じて、他施設との連携や施設ごと独自の表現が自由に広がる狙いがある。もともと多くのアーティストとの関わりを持っているNPO法人シアターネットワークえひめではあるが、実際の福祉の現場「風のねこ」にアーティストが入ることにはどんな感想を抱いているのだろうか。

森本 福祉の現場とアーティストは親和性があると思います。アーティストは自分のやりたいことを追求していて、人に関心がある人や自分と違うことを面白がる人など多様で。そういう人たちがきてくれることで、事業所の閉塞感のようなものが、スパーンと開かれていく感じがします。当事者もスタッフも、心も体も開かれていくような感覚ですね。

有門さんは演劇関係のアーティストが合うと考えた森本さんが九州から招いている。コロナ禍の状況を踏まえて、地元のアーティストとも繋がっていきたいと、今後は愛媛県障がい者アートサポートセンターからも、アーティスト派遣の支援を受けることも検討している。

天野 支援センターを開所する際に実施した県内の事業者さんのアンケートでは、「芸術活動をやりたいが指導者がいない」「何をしていいかわからない」という回答が多くありました。そこで1事業者に対して年に3度だけではありますが、旅費や謝金を負担してアーティストを派遣する事業をはじめました。アーティストは現在10名ほどで陶芸、絵画、演劇、音楽などが専門です。障害のある方と関わった経験のあるなしは関係なく、一緒にやってみたい方にお願いしています。県内の全事業所にアーティストの派遣希望を呼びかけたところ、風のねこの森本さんに手を挙げていただきました。

森本 福祉事業所にアーティストを招いて芸術文化活動をするとなると、予算は? 日常業務が圧迫されるのでは? 組織での合意はどうやってとればいいのだろう? と、はじめる上でクリアしなければならない心配事はあるもので、私たちの場合は予算の心配なく天野さんに派遣してもらえたのがラッキーでした。実際にやってみると、施設職員は見守るだけでアーティストさんに委ねて一緒に楽しんでいればいいところもあるので、受け入れる側の負担は想像するより少ないと思います。

幻覚幻聴カード以外のプロジェクトでは、風のねこは既に愛媛県障がい者アートサポートセンターからのアーティスト支援を受けている。初めて派遣されたアーティストは張り子作家だったそう。ワークショップを通じてたくさんの作品が生まれ、障がい者アート展に出展。みなでワイワイ観に出かけたそうだ。初めてのアーティストの受け入れによい思い出ができ、利用者が持っていた初めて出会うアーティストという存在への不安や、自分につくれるだろうかといった不安が払拭された。その後はつぎつぎとアーティストやデザイナーを受け入れて、事業所の新商品開発やギャラリーでの展示・販売につながっていった。

こうしてアーティストと芸術活動を行うことで、施設職員の日常業務の中にも小さな変化が生まれている。例えば利用者への声の掛け方。ちょっとしたゲームのように話しかけてみたり、ジェスチャーを取り入れてみたり。つくっているものを楽しんだり愛でることで、ものの見方が変わることを実感したり、みなが快適な環境で過ごせるように色使いの工夫をしてみるなど。どれもアーティストと一緒に過ごすことで、施設職員それぞれが自然に吸収して取り入れたことだ。

アーティストとの活動の中で生まれた作品をギャラリーで展示

最近の活動の様子。ワークショップで即興芝居も行う

森本 福祉は、その人の人生をよりよくするという考え方があります。私たちは目の前の障害のある人の後ろに隠れている、その人たちの言葉にならないものをどれだけ感じ、そして関わり、問題を顕在化しながら一緒に解決していくことが大事で、自分だけではとても追いつかないんです。自分以外の情報やスキルを持っている人たちの力を借りて、一緒に支援するのは福祉の基本なので、その中にアーティストが入るのはとても面白くて豊かなことだと思います。

風のねこの場合、まずは利用者同士で時間をかけて活動をスタートさせていたり、アーティストとの最初の接点を丁寧に創出しているのがポイントだ。また、アーティストを招く際には、県域の支援センター以外にも、松山ブンカ・ラボにも相談するなど、福祉事業所での芸術活動をよく知るプロと気軽に相談できる体制を持てているのが、良質な活動を実施できているコツといえるだろう。これから芸術文化活動に取り組みたいという事業所の場合は、他の事業者の活動にヒントをもらいながら、あせらずに支援センターや相談できる人とよく知り合い、良好な関係をつくっていくことが、アーティストを受け入れる土壌づくりに役に立つに違いない。

(取材・文/友川綾子)
記事制作協力:NPO法人ドネルモ

森本 しげみ

愛媛県松山市在住。NPO法人シアターネットワークえひめ代表理事。精神保健福祉士。
1980年代より演劇やラジオドラマのスタッフとして活動。精神障がい者支援施設等で約25年勤務。2007年シアターネットワークえひめ設立。2018年、現法人で就労継続支援B型事業所風のねこを設置。道後アート2019・2020ひみつジャナイギャラリー(社会的支援を必要とする人たちの作品を道後のホテル・旅館・商店に展示し交流する協働活動)ディレクター。

天野 真紀子

愛媛県障がい者アートサポートセンター 芸術文化普及員。
令和元年愛媛県障がい者アートサポートセンター設立時より普及員として従事。音楽や美術の専門家ではない。そんな私にできることは何か。そこで、「何が求められているのか。応えるためには何が必要か。誰の力を借りればよいか。」などの視点から一人でも多くの人と繫がり、繋げることを大切に取り組んできた。3年間の活動ではあるが、障がいのある方の社会参加と自立、障がい者の理解・促進のおける芸術文化活動の力をひしひしと感じている。

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