厚生労働省|障害者芸術文化活動普及支援事業

厚生労働省障害者芸術文化活動普及支援事業連携事務局

取組コラム

あるく、たたく、しゃべるから広がる身体表現

「何からはじめる?」日常のふるまいや関係性が表現になる

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障害者による芸術文化活動の中で、絵画や彫刻、陶芸などに比べると身体を使った表現、つまりパフォーマンス系の活動はまだまだ少ないと言える。もちろん、障害者芸術文化活動普及支援事業で設置されている広域センター、各都府県の支援センターでもさまざまな挑戦が行われていて、オンライン上に発表の機会を設けるなどの新たな取り組みも広がりつつある。しかし「演劇」「ダンス」「音楽」などの言葉のイメージがそうさせるのか、敷居が高いという声も聞く。発表のために作品をつくらなければいけない、稽古や準備に手間がかかる、場所やお金がない、指導する人材がいないなどのハードルが横たわっているのかもしれない。しかしながら、日常的な動作も見る角度を変えれば「表現」として捉え直すことができる。ここでは、「あるく」「たたく」「しゃべる」というシンプルな行為を、表現として昇華させた全国のさまざまな取り組みを紹介したい。

 

[あるく]不思議と物語がついてくる

■日常のさんぽが非日常の表現になった
花とひらく〜路地をひらき、ちんどんパレード〜』

長野県上田市の福祉施設「リベルテ」(就労継続支援B型、生活介護、自立訓練(生活訓練)、特定相談支援)で行われたパレード。普段は人と出会ったり、不慣れな場所が苦手だったりするメンバー(利用者)さんが、ご家族、ボランティアや街の人と一緒に街に出て、道ゆく人に花を渡したり、楽器を鳴らしたり。リベルテではすべてがそうなのだが、このプロジェクトもスタッフとメンバーが一緒に考え、準備をしている。

「パレードは全部で50名にもなりました。普段はケアされる側のメンバーさんが、相手を思いやるというメッセージを込めて街の方々に花を渡すというアイデアを持って街に繰り出しました。これだけの大人数で、長時間(1時間半ほど)を歩くのは初めてというメンバーさんが多くて、全体としては淡々と、たどたどしく歩いた印象ではありました。でも偶発的な出会いや出来事があったことで、参加した人の数だけさまざまな関係性が見えたり、メンバーさんの違う側面が見えるなど、自分たちの気づきにもなりました。今度はもっと歩く距離を伸ばし、より日常に近い企画にできないかと考えています。歩く距離が長くなれば、偶発的な要素が見えて、もっといろいろな気づきがあると思うのです」(リベルテ代表 武捨和貴さん)
映像・画像提供:NPO法人リベルテ

■ヒーローのスーツによって楽しさや使命感をまとったパフォーマンスに
『ゴミコロリ』

障害・健常、大人・子ども、男・女などあらゆる「枠」を超え、既存の仕事観や芸術観にとらわれない自由な働きや表現活動を基軸に、多種多様な価値観のもと、人びとが出会い、関わり、支え合うことのできる社会環境づくりに寄与することを目的としている京都のNPO法人スウィング。彼らの清掃活動『ゴミコロリ』は、地元・上賀茂地域で10年以上・100回以上実施されてきた。ゴミコロリに出動するのは、まち美化戦隊ゴミコロレンジャー、しかし全員がゴミブルーだ。障害の有無、年齢、性別などを超越した正体不明のゴミブルーたちは、地域の人を驚かせ、世代も背景も違う人びとを清掃活動に巻き込んでいった。ゴミ拾いをパフォーマンス化することで、人や社会に働きかけ、コミュニケーションも生んだ。活動は地元を飛び出し、同じ京都市内にある東九条地域で行ったゴミコロリは既に30回を超えている。スウィングでは、この変化の様子を写真や映像で記録し、Theatre E9 Kyotoで展覧会も実施。

「劇場から展覧会の依頼をいただいたことをきっかけに、“多文化共生とはこれから目指す夢ではなく、既にあるもの”という仮説を出発点に、2020年から歴史的にも多文化が共存する地域、東九条でも毎月ゴミコロリを行うようになりました。コロナのおかげでほとんど何もできない状況になってしまったときに、ゴミコロリの強さを再発見したんです。屋外だし、マスクをしているし、ゴミコロリはできるんだ、イコール、ヒーローにはなれるんだ、と(笑)。おかしな格好してゴミ拾いするだけですけど、東九条でも参加をしてくれる人がだんだん増えて、こんなふうにつながっていけるんだと思いました。落ち込んでいる日でもこれを着たら「ハレ」にならなくちゃいけない!という回路が働きます」(前理事長 木ノ戸昌幸さん)
映像・画像提供:NPO法人スウィング

 

[たたく]音から伝わる気持ちに音で返答していく

■限りなくシンプルな表現でコミュニケーション
『原始人の会話』

長野県・軽井沢町の福祉施設「浅間学園」(生活介護、施設入所)で行っている打楽器を使って楽しむワーク。現在われわれが聴いている音楽は、長年さまざまなルールが積み重ねられて、表現として高められてきたもの。そうしたルールのいっさいを削ぎ落として、もっともシンプルなやり取りでコミュニケーションしてみようというのが、この取り組みだ。

「僕の周りにはコミュニケーションがうまくいかないために社会になじめないでいる人がたくさんいます。 コミュニケーションが難しい人と、ワークを通して気持ちが通じ合ったと感じるときは本当にうれしくなる。初めてのスタッフさんと利用者さんが出会ったときなど、緊張をほぐしたいときにやるのも有効です。ゆくゆくは日常でのやり取りが“原始人の会話”でなされるといいなと思いますし、利用者さん同士でもできるかもしれない。とにかく相手の叩く音を聞き、受け止めることが大事だと思います。言葉を交わせない方ばかりではなく、見えない方は音で、聞こえない方は振動で感じることで参加できますから。楽器だけではなく、ダンボール箱、音の出る身の周りのもので試してもいいかもしれませんね」(ファシリテーター:オギタカ)
映像・画像提供:社会福祉法人育護会 浅間学園

■個性ある音をみんなで受け止める一体感
『ひがし町パーカパッションアンサンブル』

日常の活動にパーカッションを取り入れ、さらにバンド活動にまで進化しているケースはいくつもある。北海道浦河町の浦河ひがし町診療所(心療内科、精神科)のデイケアメンバーが、音楽家・立花泰彦さんと集団即興演奏を行っているパーカパッションアンサンブルもその一つ。札幌国際芸術祭などでも演奏するなど、地域のイベントにも多数参加している。メンバーは思い思いの楽器を手に演奏。参加している人、興味があるけれど離れて見ている人、苦手だなと遠巻きに見ている人、心の中でリズムを刻んでいる人、すべてが一緒になってこそパーカパッションアンサンブルだと、副院長 高田大志さんは言う。

「ミーティングやグループ活動を中心とした従来のデイケアプログラムだけでは、参加者の一人ひとりの持つ可能性や魅力を十分に引き出すことができていない。この限界に対して取り入れたのが芸術文化活動としての音楽の時間でした。それぞれの個性を持ち寄って、それも日によって違ってくるものの、そこで起きる化学反応を楽しむセッションになっています。美しいもの、素晴らしいものだけを目指さないことが大切。理解が難しい行動も見方を変えればアートになりますし、人とは違う振る舞いも面白いねという表現になれば、障害のある人にもいい影響が出てくる。今では私たちのものの見方や考えの乏しさを補ってくれる時空間になっています」(浦河ひがし町診療所副院長 高田大志さん)
映像・画像提供:医療法人薪水 浦河ひがし町診療所/障害者の文化芸術共同創造プロジェクト

 

[しゃべる]雑談に新たな枠組みを持ち込んでみる

■ラジオ番組のゲストになって自分のことを伝えてみる
『れんらじお』(『れんらじお』3分〜11分)

「ふだんはできないコミュニケーションの形」を考えてワークショップなどを行う文化活動家のアサダワタルさん。横浜の社会福祉法人訪問の家 地域活動ホーム「サポートセンター連」の共有スペースにラジオブースを設けた。利用者さんが「架空のラジオ番組」のゲストとして仲間の前で自分のことを話してみる。ラジオは「聴く人がいる」ことをみんな知っている。聴いてくれる人がいる楽しさが、リスナーをもっと楽しませようという心意気につながっていく。

「ラジオ」という設定だが、配信などするわけではなく、施設や事業所などにブースを設け、利用者さんが一人ひとりの好きなこと、やりたいことをアサダさんが聞き出し、深めていってくれる。本気で楽しんでいる利用者さんの話を聴いていると、それが伝播し、主体的に楽しもうとする人が増え、それまで寡黙に生活していた利用者さんが自ら企画を持ち込んできて毎回やるようになったり、ダンスや歌など日常の何でもない場面を切り抜いてスゴ技に仕立て上げる「スゴ技選手権」のコーナーも生まれた。また「あの利用者さんに〇〇について語ってほしい」という「番組企画案」を持ち込むスタッフさんも現れた。(参考:報告書より)
 撮影・編集・画像提供:飯塚 聡 映像・画像提供:NPO法人カプカプ

画像をクリックしてください。3分〜11分に『れんらじお』が流れます ©小野田由実子

■日常に起きた出来事をみんなで再現してみる
『むくどりのモロモロ』(『むくどりのモロモロ』36分から44分10秒)

劇団ハイバイ主宰の岩井秀人さんは、10代半ばから20歳にかけてひきこもり、その経験や家族との関係を題材に演劇作品をつくってきた。社会に折り合いをつけられない人たちが起こす事件は悲劇にも関わらず、客席には大きな笑いが起こる。NPO法人木々の会 「むくどりの家」は精神障害がある人たちの拠り所として、横浜市でもっとも長く活動している事業所。そこに岩井秀人さんがやってきた。最初は、私やあなたに起きた楽しい、うれしい、悔しい出来事を、その場に集まった利用者、スタッフとが笑いながら共有していたが、皆さんのエピソードを聞いたあと、役を振り分けて、その場面をほんの数分だけ再現してみると……

画像をクリックしてください。36分〜44分に『むくどりのモロモロ』が流れます ©小野田由実子

役を演じると言っても、セリフも自由、動きも自由。仲間のエピソードに基づいているものの「皆さん自分として、セリフをしゃべってくれているのかもしれません」(岩井さん)。私やあなたの話がイキイキと立ち上がってきて、その時は深刻に思えていた場面の再現でも、みんなに笑顔が広がる。施設や事業所などでこのワークショップを行うと、「利用者さんと一緒に笑い合える機会が持てたのはよかった」「スタッフも演じるのはドキドキ。日常の支援する・されるの関係がフラットになる機会は大事」「利用者さんの知らない一面を発見できた」などのスタッフの声が届く。最初は遠巻きに見ている利用者さんが回を重ねるたびに前のめりに参加してくれることも。施設や事業所の空間に、ひと時、小さな劇場が浮かび、笑いとともに一人ひとりの中に消えていくような印象だ。(参考:報告書より)
 撮影・編集・画像提供:飯塚 聡 映像・画像提供:NPO法人カプカプ

■息を吹きかけ、受け止めるコミュニケーション
『息のキャッチボール』

近畿ブロックの広域センター「障害とアートの相談室」を運営するたんぽぽの家。たんぽぽの家にある「アートセンターHANA」では、利用者さんの日常の会話を集めて、自分自身を演じるお芝居をつくり、お客さんを前に上演している。演出を担当する佐藤拓道さんは、役者でもあり、自身が体験したことのあるワークを練習に取り入れてみた。それが『息のキャッチボール』。自分の息をボールに見立てて、ふわっと吹きかけられたらふわっと受け取り、勢いよく吹きかけられたら、がっちり受け止める。仲間の反応を丁寧に観察して受け取ることで一体感が生まれてくる。

「息をパスするゲームは、外国の演出家のワークショップでやったと記憶しています。ランダムに歩き回り、すれ違う相手にあいさつをする。その延長で息をパスするというワークをやりました。時には早足で駆け回りながら息を吹きかけ、受け取る側はそれを吸い込み、別の相手へパスをします。アートセンターHANAで演劇をやっているメンバーは手を使える方が少ないため、息を投げることならできるかもしれないと試したところ、楽しげにやってくれました。演技では自分がどうアクションするかを考えがちですが、実は相手が投げかけてきたものにどう反応するかの方が重要です。利用者さんの中には発語のタイミングが本人の思い通りにはならない方もいます。このゲームは、その発語を見守ること、何を伝えようとしているのかを丁寧に受け止めることのヒントになるかもと気づいたのです」(たんぽぽの家 佐藤拓道さん)
映像・画像提供:社会福祉法人わたぼうしの会 たんぽぽの家 

 

 ここで紹介した取り組みは、発表を前提にしない、稽古や準備の手間がいらない、広い場所やお金も必要ない、施設や事業所の皆さんが一緒になって楽しめるものばかり。そして、似たような取り組みは、実はすでにいろいろな施設や事業所でも行われているかもしれない。きっとこれらの取り組みが「演劇」「ダンス」「音楽」などの萌芽につながっていく可能性もある。日常的な動作も見る角度を変えれば「表現」として捉え直すことができる。「あるく」「たたく」「しゃべる」というシンプルな行為にも、何か表現の手がかりが見つかるはず。こうした小さな取り組みをたくさんアーカイブしていきたい。

NPO法人カプカプ「障害福祉施設におけるアーティストとのワークショップ定着事業」報告書

トップ画像は映像から切り出して、組み合わせたものです。
上段左から『ひがし町パーカパッションアンサンブル』『むくどりのモロモロ』、中段左から『ゴミコロリ』『原始人の会話』『息のキャチボール』、下段左から『花とひらく〜路地をひらき、ちんどんパレード〜』『れんらじお』

取材・文:いまいこういち
公開日:2023年3月

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