厚生労働省|障害者芸術文化活動普及支援事業

厚生労働省障害者芸術文化活動普及支援事業連携事務局

取組コラム

「基幹型」「特色型」2つの支援センターの役割とは —官民連携でネットワークを拡充する埼玉県

障害者の芸術文化活動に特化したネットワークが活動を豊かにする

埼玉県には全国で唯一、県内に2つの障害者芸術文化活動支援センター(以下、「支援センター」)が開設されている。経緯としてはまず、2017年(平成29年)に基幹型支援センター「アートセンター集(社会福祉法人 みぬま福祉会)」が設立された。アートセンター集は、埼玉県障害者アートネットワーク「TAMAP±〇(タマッププラマイゼロ)」を運営。現在は33の障害福祉団体が参加しており、広い県域を北部、東部、西部、南部に分け、それぞれの地区の支部長団体が地区情報を統括している。そして、TAMAP±〇参加団体の一つが名乗りをあげ、2019年には県内2箇所目の支援センターが設立された。北西部でより地域に密着した活動を展開する特色型支援センター「ART(s)さいほく(社会福祉法人 昴)」である。

充実した活動の背景には、2008年にスタートした県主導の事業の存在があり、現在も支援センターと行政との連携が手厚い。官民の信頼ある連携のもと、豊かな活動を展開できている秘訣はなにか。キーとなる仕組みや工夫のあり方、そして2つの支援センターの役割について聞いた。

お話しいただいた方
●基幹型支援センター「アートセンター集」
宮本恵美さん、小嶋芳維さん
●特色型支援センター「ART(s)さいほく」
石平裕一 さん
●埼玉県 福祉部 障害者福祉推進課 社会参加推進・芸術文化担当
小澤圭佑さん、宮山大輔さん
 

埼玉県で障害のある人による芸術文化活動が広がっている背景には、現在まで14年にもおよぶ歴史がある。はじまりは2008年度に開催された「障害者芸術・文化懇話会」だ。「障害者の自立と社会参画をこれまでにないアプローチで実現できないか」との主旨で開催されたこの懇話会での提言に基づき、翌2009年度に県の障害者福祉推進課に「芸術文化担当」が設置されることになる。現在の担当者である小澤圭佑さんはこう話す。 

小澤 障害者の社会参加を目的とした取り組みのため、文化振興課ではなく障害者福祉推進課の中に担当が置かれました。私を含め多くの職員は、芸術分野の専門知識が無い状態で担当になりますし、およそ3年の周期で担当が異動するため、ノウハウを蓄積しにくいという難しさがあります。とはいえ、障害者支援施設を訪れて創作過程を見る機会や、作家さん御本人と関わり、その人柄に触れる機会も多く、福祉分野からアプローチするほうが事業を進めやすいと感じます。

まずは県が主導する形で2008年度から毎年、埼玉県立近代美術館での企画展やダンス公演、ワークショップなどが開催されている。

宮本 事業は実行委員会形式で立ち上がりました。美術の先生や文化団体の方と福祉現場職員も委員に入り、そこで話し合われたことを基に活動を行います。私も当時から実行委員会に入れさせていただいていました。

そう話してくれたのはアートセンター集の宮本恵美さん。福祉施設職員として県事業の実行委員を務めた経験をもとに、県の推薦を受け支援センター開設にも従事した。障害者の芸術文化活動の普及には、施設職員のネットワークが必要だと考え、支援センター開設(2017年)と同時に埼玉県障害者アートネットワーク「TAMAP±〇(タマッププラマイゼロ)」を立ち上げた。

宮本 県が主催していたアートマネジメントセミナーで現場職員同士のつながりができ、どの施設の方も同じような悩みを抱えていることを痛感していました。福祉の仕事は人と人。職員の悩みや思い、利用者との関わりで生まれた素敵なできごとや彼らの変化を、私たちは発信する役割があると思うんです。なかでも、『作品を通じた発信』とはどんなことなのか、意義を共有するネットワークの必要性を感じていました。

 

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TAMAP±〇キャラクター

小嶋 福祉団体のつながり自体は以前から様々存在していますが、芸術文化活動に特化したネットワークはありませんでした。普段、表現活動を行っていない施設でも、利用者の表現活動に気がついた職員さんが『なにかできないか』と思うことがあります。そんな方がネットワークに来てくださると、意義や情報を共有でき、施設に持ち帰ってもらうことで、その施設内での表現活動に対する関わりが変化していくとよいなと。

TAMAP±〇では月1の定例会を実施。弁護士を招いた著作権の研修やアートの専門家による講演会など行う一方で、施設での日頃の悩みや利用者との出来事について話し合う時間を大切にしている。

小嶋 展覧会を行う前に、この活動が誰のために、何のためにあるのかを、施設の職員さんと再確認しようということで、チームに別れてグループディスカッションをしたりしています。それぞれの言葉が大切だと感じます。

 

研修会のグラフィックレコーディング 作成:野際里枝(N-style)

TAMAP±〇の定例会議には県の担当職員も毎回参加をする。福祉施設の職員にとって、おなじ想いを持つ行政職員の存在は勇気になるだろう。担当の小澤さんは、事業に携わった自分自身の変化を、会議で話したことがあるそうだ。

小澤 3年前にはじめて福祉部に来て、障害のある方との接し方に戸惑い、悩みました。担当職員という立場であるにもかかわらず、絵を展示することによって、なぜ障害者理解に結びつくのか、正直、ピンと来なかったからです。

役割を与えられたからといって、誰もがいきなり全てを理解できるわけではない。担当就任当初には、どんな行政職員も同じような悩みを抱えたりするのだろう。

小澤 ある展覧会の来場者が、作品を鑑賞しながら、作家さんの気持ちをあれこれと想像していらっしゃいました。その様子を見て、どんな気持ちで作品を描いたのかを想像することで、自分なりに作家さんを理解できるかもしれないと思いました。それからというもの、作品を鑑賞する度に「どんな気持ちで描いたのだろう?」と想像するうちに、少しずつ作家さんへの親近感が湧いてきました。施設を訪問した際にも「何を描いているんですか?」と作家さんに声を掛けられるようになりました。言葉を介さなくとも、作品を通じて理解できることがあるのだと思います。そうした経験を積み重ねるうちに、自分の中で引っかかっていたものが溶けてきたように感じました。障害のある方に自然に接することができるようになった。それが出発点だったと思います。 

展覧会の会場風景

担当に就任して一年ほどで、これまでの県の業務では感じたことのない自身の変化に気がついた小澤さん。休日にまで、TAMAP±〇参加施設が開催している展覧会に足を運ぶようになった。行政でよく使われる「心のバリアフリー」という言葉が、いつの間にか腑に落ちていたそうだ。

宮本 (行政の担当者は)はじめはちょっと硬い方でも、次第に変わっていくんですね。みなさん「頼られてすごく感謝される良い部署だ」と話してくださいます。他県の支援センターの方からは、行政の担当が異動になると困るとか、引き継ぎがされないとか、「埼玉はどうしているの?」とよく聞かれているのですが。

宮山 とにかく前任者が熱くて(笑) 通常、引き継ぎは事務的な話が多いので、なぜそこまで熱くなれるのかと最初はただ圧倒されました。昨年の障害者ダンスチーム「ハンドルズ」の公演で、舞台上で活躍し観客を魅了する出演メンバーの姿に感銘を受け、だからここまで熱くなれるのかと、がらりと認識が変わりました。

小澤 福祉施設の方々が知見を積み上げておられる中で、行政側は短期間で担当が異動するため、知識や経験が不足して、周回遅れで参加するような形になってしまいます。可能であれば、同じ職員が長く続けていけるのが理想だと思いますが、なかなか難しいと思います。むしろ、3年程度で異動するからこそ、引き継ぎ時は後任に、仕事のノウハウをきちんと伝えていくことが大切だと感じています。 

現在も公演や展覧会に、前任の担当者が姿を見せるなど、現担当者も「常に(先輩方に)見られている」と感じる状況があるのだとか。埼玉県庁の福祉課「芸術文化担当」は、行政としての障害者の芸術文化活動支援のあり方を、人的に継承し続けているポジションといえるだろう。

 

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ハンドルズ公演の様子(ⒸHARU)

小澤 課内での芸術文化担当は、他の担当とは異なる特殊な存在です。難しい福祉制度の話をしている隣で、我々は、作品の素晴らしさについて語っていたり、作品展示の方法などに頭をひねっていたりします。芸術文化という担当名を与えられているため、業務に専念しやすく、効率的だと思います。一方で、楽しいことばかりの仕事と思われることもありますが、正解が1つではない難しい仕事だと思っています。

埼玉での活動の豊かさの理由は、おそらく大きく考えて2つある。県の行政に明確な「芸術文化担当」のポジションが存在していることと、継続実施しているネットワークTAMAP±〇が、参加者が自己開示をしやすい心理的安全性の高いコミュニケーションを工夫し、ネットワーク内で経験と知識を蓄積し続けている点だ。

県内2つめの支援センター「特色型支援センター」の開設に名乗りをあげた石平さんは、TAMAP±〇との出会いにより、活動を発展させてきたひとりである。

石平 施設で生まれた作品をどうしていいか分からなくて、2012年に研修に参加したのをきっかけに、TAMAP±〇を知りました。埼玉県内にも芸術文化活動をしている施設がこんなにあって、こんな活動をしているんだと、そこではじめて知って。

芸術文化活動を始めたばかりの石平さん。ネットワークに参加することで、悩みや課題をメンバーの知恵を借りながら、みんなで解決していけるようになった。しかし、当時は定例会議川口で行われていたこともあり、石平さんの活動エリア北西部とは物理的に距離があることから、北西部からはまだ参加団体が少なかった。もっと地域のためにできることがあるのではという想いから、2つめの支援センターを開設するに至った。 

石平 県で開催される展覧会とは異なり、ART(s)さいほくが主催する展覧会には、まだ一度も展覧会に参加したことのない方が多く参加くださいます。出品者の生活に近いエリアで展示ができますから、施設単位で見に来やすく、本人も職員も家族も、皆で展覧会の参加を喜びあえるんですね。これをきっかけに活動を理解してくれる人が、施設内や地域に増えてくる。すると例えば、これまでは施設の一人の担当者による活動だったのが、施設全体で芸術活動を応援する体制に変化していきます。

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ART(s)さいほく主催展覧会

県全体の事業や情報を取りまとめる「基幹型」の支援センターが取りまとめるネットワークで共有されてきた意義やノウハウを、「特色型」支援センターがより地域に密着し展開している形だ。

小嶋 身近な地域のアウトリーチ活動が一番大切ですから、石平さんの人柄からくる地域の巻き込み力はすごいと思います。

石平 次第に支援センターの存在自体を認知していただけるようにもなりました。そうこうしているうちに、エリア内の市町村が手がける障害者週間の企画を手伝うようになりました。行政の方も町の作品展開催にあたり、町内広報誌や事業所等に直接声をかけるなどこまめな募集をかけており、また開催前には作家さんや事業所を集めていただき作品や活動紹介などをする会を催しています。そこではじめて地域の作家さんや事業所を私たちは知ることができます。

福祉は日常である。障害者の自立と社会参画という目的に立ち戻ればなお、障害当事者が日常の生活エリアで文化芸術活動を通じてつながりを持てる大切さは計り知れない。身近な小さな輪の中で共有された芸術文化活動の喜びは、当事者の自信や成功体験に繋がりやすく、県事業がより一層充実する新たな源泉にもなりうる。

地域であらたな源流を開拓するのが特色型支援センターなら、各地域の活動や情報が河川のように合流し、集合知化するのが基幹型支援センターともいえる。地域のすみずみにまで活動が知られ、芸術文化活動のより良い循環を生み出している、埼玉の2つの支援センターの取り組みには、今後も注目していきたい。 

文:友川綾子 

公開日:2024年1月公開

 

 

 

基幹型支援センター「アートセンター集」 宮本恵美

社会福祉法人みぬま福祉会工房集管理者 埼玉県障害者芸術文化活動支援センター「アートセンター集」センター長。また県内福祉施設職員等と埼玉県障害者アートネットワークTAMAP±0(タマッププラマイゼロ)を構築し、県内の多彩な表現の魅力を発掘・発信を行っている。埼玉県障害者アートフェスティバル実行委員会発足時(2009年)より、当該実行委員会の委員。

 

 基幹型支援センター「アートセンター集」 小嶋芳維

社会福祉法人みぬま福祉会 工房集スタッフ 。2016年度より入職。埼玉県障害者芸術文化活動支援センター「アートセンター集」の事務局スタッフ業務に従事する。 また、障害者生活介護施設工房集支援員として福祉現場にて利用者の表現活動をサポートする仕事を行っている

 

特色型支援センター「ART(s)さいほく」 石平裕一

社会福祉法人昴で生活支援員として勤務。アート活動の拠点として開設したまちこうばGROOVINのアトリエで創作活動支援や作品展やイベントの企画などを行う。 障害の有無に関わらず地域の方が気軽に楽しめる場づくりを目標にしている

 

小澤圭佑

埼玉県福祉部障害者福祉推進課社会参加推進・芸術文化担当 主幹 県立高校、環境管理事務所等の勤務を経て、2021年4月から現在の業務を担当。作品に込められた作家の想いを想像するうちに、障害のある方への親近感を持つようになり、自らが障害者アートの力を体感することとなった。今では、休日に時間がある時は子供を連れて、県内の障害者アート展を鑑賞するのが楽しみになっている。

 

宮山大輔

埼玉県福祉部障害者福祉推進課社会参加推進・芸術文化担当 主査 県税事務所、議会事務局、県立大学等を経て、2022年4月から現在の業務を担当。プライベートでも芸術とは無縁であったが、障害者アートに触れるにつれ魅力に惹き込まれる。これまで障害者ダンスチーム「ハンドルズ」の舞台公演をはじめ、障害のある人もない人も楽しめる彩の国バリアフリーコンサート、音楽ワークショップの開催に携わる。

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