厚生労働省|障害者芸術文化活動普及支援事業

厚生労働省障害者芸術文化活動普及支援事業連携事務局

取組コラム

自分たちで考え、作家や鑑賞者と関わりながらでき上がる展覧会は、担当者も驚くほどいろいろな膨らみがある(福島)

はじまりの美術館の展覧会のつくり方

福島県猪苗代町を拠点とする「はじまりの美術館」は、社会福祉法人安積愛育園を本部とし、十八間ある築約140年の酒蔵をリノベーションした小さな美術館だ。展示スペースとカフェ、ワークショップもできる大きな机、物販や情報コーナーが連続する空間は、温かく居心地の良い雰囲気に包まれている。年間45本開催される企画展では、障害の有無を超えて、ユニークなテーマのもとに多様な作品が展示され、さりげなく気づきを与えてくれる。その魅力の秘密を知りたくて、館長の岡部兼芳さん、企画運営担当の小林竜也さん、学芸員の大政愛さんに「企画展のつくり方」について伺った。   

  

はじまりの美術館

 20214月から7月に開催された企画展『(た)よりあい、(た)よりあう。』は、「頼る」がテーマだった。そこには「人は、何も頼るものがないと孤独となり、頼る先が偏ると依存につながることもあります。その中で、私たちは互いに寄り合い、日々を過ごしていくのではないでしょうか。この展覧会を通して多様な「頼る」「頼りあう」に触れることが、互いの存在を認め合い、新しい関係性を作り出すきっかけになればと願います」という一文が添えられている。

企画展『(た)よりあい、(た)よりあう。』(2022)より、漆器「めぐる」

企画展『(た)よりあい、(た)よりあう。』(2022)より、笑達

 『(た)よりあい、(た)よりあう。』には、漆器や絵画などの展示に混じって、全盲の美術鑑賞者・白鳥建二さんが「写真家・しらとりけんじ」として参加していた。白鳥さんはお腹付近でカメラを固定して歩きながら撮影し続けているが、その写真は「読み返すことのない日記」のごとくハードディスクに溜まっていた。展覧会には写真の展示と関連イベントとして白鳥さんとの美術鑑賞会などが予定されていたが、打ち合わせの中で白鳥さんからの申し出により、3カ月の会期中ずっと滞在制作することが決まったという。最初は「大丈夫だろうか?」と驚いたという岡部さんやスタッフだったが、フレキシブルというよりは、しなやかに、白鳥さんの提案を受け入れたのだ。

企画展『(た)よりあい、(た)よりあう。』(2022)で来館者と交流する白鳥さん

企画展『(た)よりあい、(た)よりあう。』(2022)での白鳥さんと美術鑑賞の様子

はじまりの美術館展示室内にできた「けんじの部屋」にて滞在する白鳥さん(2022)

 美術館では展示スペースの一角に座り、日々訪れる人びとと交流し、町を歩き回り写真を撮り、美術館のはなれでは地域の人びとから提供してもらった生活用品に囲まれて会期を過ごした。その様子は、はじまりの美術館の日常とともにドキュメンタリー映画『目の見えない白鳥さん、アートを見にいく』に収められている。そこには『(た)よりあい、(た)よりあう。』のコンセプトを体現するような人びとの姿があった。

 はじまりの美術館の企画展は、どこか謎かけのよう。しかし、北海道から沖縄まで、その謎を楽しみに多くのファンが訪ねてくる。

 

 

支援センターの事業はそれまでにやっていたこと、やりたいと思っていたこと

 はじまりの美術館は、日本でアール・ブリュット美術館を複数創設しようというプロジェクトに手を挙げ、開設計画がスタートした。ところがそこに起こった2011年3月11日の東日本大震災を機に、地域の人びととの「寄り合い」を丁寧に重ね、さまざまなアイデアや想いを受け止めてオープンした。つまり最初から地域の起点であり、だれにでも開かれた場を目指すことになった。

福島県障がい者芸術作品展『きになる⇆ひょうげん』展示風景

イベントには地域の方も多く来館する

年に一度開催している開館記念マルシェ「はじまるしぇ」

  館長の岡部さんは福祉作業所の支援員などを経て安積愛育園にたどり着いた。小林さんは猪苗代町に移住したのを機に寄り合いに参加し、飲食業の経験を生かして美術館に参加する。学芸員の大政さんが唯一の美術を学んできたが、作品を通したコミュニケーションや地域の中での居場所づくりに興味があったものの、キュレーションはここで実地に学んだ。美術館の業務はなんでも行うという3人は、支援センターの活動についても気負いがない。

「相談支援、人材育成といった支援センターの事業の柱はもともと私たちがやっていたことと重なる部分が多く、新たなものが加えられたという印象はそんなにありませんでした」(岡部)、「私たちの場合は県からの補助事業という形なので、県からの指示があるわけでもなく、かなり主体的にやらせていただいています」(小林さん)、「むしろやりたいと思ってもできていなかったことが、やるべきことになった」(大政さん)というのがそれぞれの受け止め。

 はじまりの美術館の1年は春と夏に企画展、秋には地域で行われているウォールアートプロジェクト、公募による福島県障がい者芸術作品展「きになる⇆ひょうげん」、冬に安積愛育園や県内の作家を紹介する展示というのが大まかな流れ。その合間に、相談支援や研修、安積愛育園で生まれた作品のアーカイブと作品をお店などに展示する「まちなか美術館」なども実施する。

「それまで私立の美術館として自由にやってきましたが、福島県内に情報を発信すること、障害のある人の芸術文化支援が広げていくことも強く意識するようになりました」(小林)

 

 美術史的な文脈ではなく、それぞれが興味のあるテーマを持ち寄った展覧会

 2022年度は『日常をととのえる』、『あそビーイング』、ウォールアートフェスティバルふくしま in 猪苗代 2022 『良い旅を』、第6回福島県障がい者芸術作品展『きになる⇆ひょうげん2022』、unico file vol.4『わたしがつくる 森陽香美術館』(福島県障がい者芸術文化活動支援センター事業)を実施した。これら企画展はどんなふうにつくられるのか。

「それぞれがその時に関心があるテーマを持っていて。そこに事業所の中で起きていること、全国の動きや見聞きしたことを混ぜていくと、こんな感じかなとぼんやり浮かぶものがあるんです。そして一つやることで次のテーマも見えてくる」(小林さん)

「小林は本を読んだり、社会の動きとリンクした提案をしてくれる。私はずっと自分の中で残っていること、幼いころからの疑問点など何か本質的なところからのスタートです。しかし私の提案は抽象的なので、本当に二人には助けられています」(岡部さん)

「やっぱり自分たちが面白いと思わないと、だれかに伝えたいとはなりません。いいな、面白いなと思う感性は少しずつ違っていて、それがいろいろな要素が現れてくる理由かも。館長も小林も、私だったら浮かばないような作家さんを提案してくれます」(大政さん)

普及支援事業『わたしがつくる 森陽香美術館』(2023)より

普及支援事業『わたしがつくる 森陽香美術館』(2023)より

 これらの企画は、一人が担当として軸をつくり、3人で揉みながら膨らませ、作家が確定したら手分けして作品集めをスタートする。さらっと書いたが、3人の話を聞いていると、日常的にミーティングを重ねたり、互いが腑に落ちる合意点に至るには、それ相応の時間がかかっているのではないかと感じた。

「コロナ禍の休館中に、noteで『プレイバック!はじまりの美術館』という企画を始めました。今までの展示を振り返って話したことを公開しているのですが、展示ごとにいろいろな仕掛けやエピソードがある。私たちは運営体制上、作家調査に時間をかけるのが難しく、借用と調査が一緒だったりもします。そこから作家さんたちとやり取りして深く知っていくこともある。展覧会自体に来場した方と一緒に考えていければという投げかけ的なところもあって、自分の企画であっても、日々いろいろな気づきをいただく。本来はきっちりとした調査が必要かもしれませんが、自分が考えていた以上にはみ出していく面白さみたいなものがあるんです」(岡部さん)

「小さな空間なので、展示する際はどうしても混ざり合う部分が出てきます。でも逆に思いもよらないつながりが見えてきたりもするんです。それをキュレーションと言っていいのかどうかはわかりませんが」(小林さん)

 二人の言葉を改めて大政さんが解説してくれる。

「美術館ではありますが、美術史的な文脈に沿って展示をつくっていないのがうちの大きな特徴かもしれません。それでも美術に詳しい方、知らない方、なんとなく訪れた方がそれぞれに楽しんでくださるところが面白いんです。美術館は、企画展のテーマに惹かれて出かける場合が多いと思うのですが、うちの場合は、「ここは知らないものに出会えるから毎回来るんだ」と、新しい刺激を持って帰ってくださる方がいらっしゃる。全国から、「この美術館に来たくて来た」と話しかけてくださるのはうれしいですね」(大政さん)

企画展『やわらかくなってみる』(2021)より、関口光太郎

企画展『あした と きのう の まんなかで』(2019)より、クワクボリョウタ

企画展『無意味、のようなもの』(2018)より、今井さつき

企画展『オソレイズム』(2016)より、久保寛子

 はじまりの美術館の展覧会には、もう一つの特徴がある。開館時から「そもそも社会も障害のある人ない人が分かれて住んでいるわけではない。社会でそれが認識されていないなら、展示はそれをやっていこう」(岡部さん)と作家も障害の有無に関係なく展示を行ってきた。「社会福祉法人の美術館ということで、新聞記事にもアール・ブリュットの説明がしっかりされていて、当初は障害のある人の作品を観にくるお客様も一定層いらっしゃった」(小林さん)が、自分たちから障害の有無を発信することはしなかった。開館から10年を迎える中で、そうした壁も溶解してきたようだ。3人がまとう雰囲気も含め、そんな姿勢こそが地域の方々、遠くからのファンを惹きつける、柔らかく温かい雰囲気につながっているのだろう。

はじまりの美術館のスタッフの皆さん

 これからやっていきたいことを伺ってみると「それが一番困る質問」と岡部さん。

「しっかり、うまくやりたいとは思うけれど、うまくできることが大事じゃない。一つずつ自分たちで考えることが大事。いろいろな人が関わってやり取りしたりしながらつくり上げる中で得られることが積み重なっていくことが大事。そして、ここが我々が得たものを共有する場所になっていくのが理想。この先もずっと手探りです」(岡部さん)

「はじまりの美術館は、2024年に開館10周年を迎えます。今まで走り続けてきたところを振り返ったり、いわゆる評価ということになると思いますが専門家の方だけでなく、地域の方、これまで関わってくださった方、はじまりの美術館のことを好きだと言ってくださる方など、いろいろな方の声をしっかり留めて、振り返り、次につなげていく時間を持ちたいと思っています」(大政さん)

 はじまりの美術館では、一つ一つの企画展のあとに記録集をつくるという習慣があり、そのつど振り返りを行ってきた。支援センターを担うようになったことで、さらに日常の細々したことに対する振り返りにも注力するようになったという。

 日常のコミュニケーションを、お客さんとのやり取りの余韻が残る空間で重ねることが、きっと自然に企画展に反映されているのではないだろうか。

取材・文:いまいこういち
公開日:2023年3月

岡部兼芳

社会福祉法人安積愛育園理事・マネージャー/はじまりの美術館館長。福祉作業所の支援員・中学校教員を経て、2003年社会福祉法人安積愛育園に入職。知的に障害のある利用者の創作活動支援プロジェクト「unico(ウーニコ)」に携わる。2014年はじまりの美術館開館より現職。福島県文化振興審議会委員、全国手をつなぐ育成会連合会機関誌「手をつなぐ」編集委員なども務める。

小林竜也

社会福祉法人安積愛育園はじまりの美術館企画運営担当。2007年立教⼤学コミュニティ福祉学部卒業。会社員、飲食業などを経て、2012年に福島県猪苗代町に移住。開館前から行われていた「寄り合い」に参加することではじまりの美術館と出会い、2014年より現職。企画運営担当として展覧会の企画やイベントの企画など美術館の仕事をしつつ、町内の同世代たちと地域を盛り上げるためのNPO活動なども行なっている。

大政愛

社会福祉法人安積愛育園はじまりの美術館学芸員。2016年東京藝術大学大学院美術研究科修士課程修了。学生時代は病院でのアートプロジェクトに携わったほか、地域での小さな展覧会などを実施。2016年より現職。はじまりの美術館では主に、展覧会の企画運営、広報、アーカイブ事業などを担当。

◆はじまりの美術館ウェブサイト

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