厚生労働省|障害者芸術文化活動普及支援事業

厚生労働省障害者芸術文化活動普及支援事業連携事務局

取組コラム

相談支援を起点にして有機的な支援の循環がおこる ―東海・北陸ブロック広域センター

「表現したい」思いを社会に届ける支援ネットワークとは?

表現したい想いは誰もが持つもの。表現の機会を多く持てないでいる障害者にとって、芸術文化の支援拠点は地理的にも心理的にも近くにあるほうがいい。2017年の本事業実施から全国で続々と開設されている障害者芸術活動支援センター(以下、支援センター)だが、実際にどんな活動をしているのか、また、各県の支援センターをサポートする立場である、7つの地域ブロックごとに設置されている障害者芸術活動広域支援センター(以下、広域センター)の役割がどのようなものなのか、まだまだ一般に理解されていないのも事実である。そこで、東海・北陸ブロックの広域センターを取材し、その役割をひもといてみた。広域センターはいわゆる中間支援拠点であり、注力している取り組みはブロックの課題ごとに異なってはいるが、活動を知る一例として参考にしてみてほしい。

今回、取材したのは、社会福祉法人みんなでいきるの坂野健一郎さん。坂野さんは、2016年度の障害者の芸術活動支援モデル事業実施時から新潟県の支援センターとして事業を担い、2017年度からは東海・北陸ブロックの広域センターとしても活動している。広域センター事業に手を挙げた理由は、支援センターとしての「仲間づくり」だったそうだ。

坂野 2017年に本格的に事業が開始された段階で、東海・北陸ブロックで支援センターが設置されていたのは、新潟だけだったんですね。私たちも県域の支援センターとしての経験は1年しかなかったんですが、新潟での実績を広めていくことが、東海・北陸ブロックに必要なんじゃないかと感じたのが、東海・北陸ブロックの広域センター事業に手を挙げてみた経緯です。(支援センターの活動のなかで)悩みを共有できる仲間が欲しいと思っていたので、ならばつくっていこうと。

新潟県アール・ブリュット・サポート・センターNASC「だいたい6分くらいの構想でできた放送局」の様子。写真左手が坂野さん。

広域センターとしての仕事は、まさに仲間づくりから始まった。東北・北陸ブロックでまだ支援センターが立ち上がっていなかった7県に足を運び、行政の障害福祉部局の担当者に会いに行った。事業が認知されているかどうかを確認しつつ、支援センター立ち上げの状況や見通しについて聞き、情報交換をしていたそうだ。

坂野 運が良かったことに、東北・北陸ブロックの行政の職員はやる気が高くて、2017年度中に愛知県で支援センターが立ち上がり、「他で立ち上がっているのであれば、うちも」と、スムーズに話が進んでいきました。一緒に立ち上げ支援をやることになり、行政職員向けに2日間かけて支援センターの機能についての研修を行っています。県域の支援センターの担い手になる団体が決まり、支援センターが立ち上がってしまえば、そこからは各県行政と支援センターとの関係が重要になっていくので、広域センターとしては役割を変えて、支援センターに対する支援を重点的に行う形になります。

現在では、東北・北陸ブロック内の全県に支援センターが立ち上がった。単県の展覧会では集まる作品数が少なくなってしまう場合に、広域的に作品公募を実施したり、県域の支援センター同士での共同事業が生まれ、ネットワークの存在を有機的に活用できている。また、広域センターの立場としても、労力のかかる立ち上げフェーズを超えたことで、現在は月に1回、研修会を実施したうえでの情報交換の場に注力するなど、支援センターに対するサポートの充実を図れるようになった。研修はYouTubeを活用する際の著作隣接権の対応方法、広報活動、アンケート調査の実施方法など、各県の支援センターの要望を受けて内容を決定している。

支援センター向け研修の様子

坂野 県域の支援センター同士がブロックを超えて有機的につながる動きが出てくるのが理想像なのかなと思っています。一方で、広域センターとしては、ブロックの新しい課題に関するモデルになるような事業の展開にもチャレンジしていきたいですね。芸術文化の普及支援事業を進めていくなかで、美術分野は展覧会の実施や作家の発掘が進んでいましたが、舞台芸術に関してはまだなにをすればいいか手探りの状態で。そこで、広域センターの中間支援的な役割として、舞台芸術のあり方のモデルを示し各地域のパフォーマーを発掘するために、企画を実施したことがありました。

広域センターの主催企画で、県域の2つの支援センターを担う団体とも協働して実施したのが、パフォーマー発掘のための「公開オーディション 明日の星☆」だ。障害の有無を問わず、ジャンルの区切りも設けずに舞台上でパフォーマンスをしたい人を公募し、通訳や介護サポートも必要に応じて対応した。これまでに3度企画され、台風で中止になった回もあったが、当初から約40名が応募する人気イベントになった。企画内容は静岡県浜松市にあるNPO法人クリエイティブサポートレッツが実施している「スタ☆タン!!」をごっそり参考にしたそう。

「明日の星☆」のステージの様子

坂野 まだ見ぬ才能と出会う場として公募の「スタ☆タン!!」方式はすごくいいよねと。新潟では精神疾患の方のステージ発表の場が以前からあったのですが最近では機会がなく、そういった層も「明日の星☆」に参加してくれました。ただ、応募者には「僕ステージに出るんで、それじゃ」って、名前も演題も言わずに電話を切る人もいて、運営からカオスで(笑)ここまでやると正直、不謹慎に思う方も多いだろうなと思うようなイベントだったんですが、イベントの写真を国の刊行物である「障害者白書」で紹介いただいたり、厚生労働省の皆様の後押しがあって、いろんなことにチャレンジさせてもらえていて、この仕事がすごく面白いと思えるようになりました。

たとえば、舞台芸術の支援策として、支援センターが旗振りをして自ら舞台作品をつくるとなると、負荷がかかりすぎて支援のハードルを自ら上げてしまうことになる。展覧会や舞台発表の機会をつくることも、支援センターの役割ではあるが、東海・北陸ブロックでは、支援センターが全てを担うのではなく、支援センター同士が協力したり、地域に点在する団体や関係者と一緒に、参加型展示会や公募型で実施するなど、支える側のネットワークを活かした発表機会の創出を提案している。「明日の星☆」の事例は、ブロックを超えて佐賀県の支援センターが取り入れ、「スター発掘プロジェクト in 佐賀」を実施してくれた。

また、日常の支援センターの役割として、坂野さんが最も重要視しているのが相談支援である。新潟県の支援センターとしても対面、電話、インターネットなどのあらゆる手段を介した相談を受けている。相談支援で大切なのは、先入観を持たずにまず相手の主訴を「聞く」こと。そして、支援センターだけでは解決出来ない事柄には、専門家に相談して意見を聞くのが有効であるそう。地域に支援センターの相談役をみつけて「相談の相談を」していく中で、「作品が見つかったよ」「就労支援の手前でなにかできないか」などと、相談先だった相手から後日別の相談を持ちかけてもらえる例も増えてきた。

相談支援の様子

坂野 あまり躊躇せずにそれまで接点がなかったところにも相談を持ち込んでみると、わりと喜んで応じてくれるんですね。それによってネットワークの厚みが増してきたのを、この5年間で感じています。相談にひとつひとつ応え続けていけば、必然的に支える側のネットワークが強化されていく。ネットワークや連携は解決するために必要なことで、ネットワークを目的化するのはおかしいなと。そこは履き違えないようにしようと思っています。そのためにも事業の認知度が高まって、相談件数が増えることが大切ですね。

相談件数の増加が事業の内実をより豊かに耕していく動因であるという考え方は、支援センターの役割を知る上でもとても明快だ。障害当事者や福祉施設職員が遠慮なく支援センターに相談を持ちかけることによって、支援センター側はより充実した支援を可能にする体制を強化できるからだ。支援センターへ相談してもらえる機会を増やすためには、障害者の芸術文化活動のニーズが、身体や精神障害で福祉施設に所属しない人、もっと拡大して考えると発達障害や生きづらさを感じている人にも、まだまだ潜在的に存在していることに意識を向けていく必要があるだろう。

新潟では障害当事者からの個別相談を優先して対応しており、福祉施設職員からの相談の場合は「バックアップするから、やってみましょう」と、一緒にプロジェクトの立ち上げを模索していくことが多いそうだ。最後に、事業をよりよく理解してもらうために新潟県域の支援センターとして取り組んでいる試みについて聞いた。

坂野 今年度から福祉施設の職員さんをターゲットに、ケアと表現の事例集の制作をすすめています。福祉施設の職員さんは表現活動よりもケアに関心があるんですよね。目の前にいる利用者に対して何をどうできるのかが大切で。表現活動が生まれていく理由やプロセスに誰かとの関係や周りの環境が作用していたりするものですが、その点を深く明らかにしていきたいんです。ケアの質と表現活動の相関を少し打ち出すことができたら、福祉施設の職員さんにも関心を向けてもらえるのではないかというチャレンジですね。

新潟県アール・ブリュット・サポート・センターNASCのnote

新潟県アール・ブリュット・サポート・センターNASCのnote (https://note.com/niigata_artbrut/)

構想のきっかけは年間で400件ほど相談の電話をくれる精神疾患の方の存在だった。坂野さんも以前の職場であれば「単なる暇つぶし」と捉えていただろうというが、「電話自体も表現行為なのでは」と考えが変わったことで、本人の了承を得て、一部「note」で相談内容を公開していたことがある。現在は記事の更新は止まっているが、読者には好評だ。

芸術文化活動が人にもたらす作用のひとつに、視点が変わったり視野が広がったりといった、いわゆる「メガネを掛け替える」スキルの獲得がある。これは実は誰にとっても必要なスキルといえるだろう。障害者の芸術文化活動支援という枠組みのなかから、坂野さん自身がメガネを掛け替えて得た観点であるケアと表現の事例集を通じて、メガネの掛け替えスキルが社会に伝播し、より多様な才能が社会で花開く未来を期待したい。

(取材・文/友川綾子)
公開日:2022年2月

坂野 健一郎

新潟県佐渡市出身。なんとなく福祉の道を目指し2006年に(福)新潟県社会福祉協議会に入職。主に地域福祉部門に配属され、ボランティア活動の推進や市町村社協との協働事業、生活困窮者自立支援事業などを担当する。2017年1月に(福)みんなでいきるに入職。広報・採用担当になるはずが2017年6月より現職。東海・北陸ブロック8県において障害のある方の表現活動の推進を図っている。最近は表現活動とケアとの相関や教育分野との連携に興味をもっている。

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