厚生労働省|障害者芸術文化活動普及支援事業

厚生労働省障害者芸術文化活動普及支援事業連携事務局

取組コラム

障害のある人と文化施設のスタッフが 仲間のように楽しくバリアを確認していく「現場体験ワークショップ」(九州障害者アートサポートセンター)

現場のニーズを支援センターと文化施設がともに担う関係を目指す

障害のある人と文化施設のスタッフが一緒に館内をめぐる――。そんなありそうでなかった取り組みが、九州地方で行われている。九州ブロックの広域センター、九州障害者アートサポートセンターが実施している「現場体験ワークショップ」だ。「障害者芸術文化活動普及支援事業」に関わるようになって感じていたのが、福祉と芸術文化という二つの分野が出会い、交わるという、簡単なようで壁を隔てている難しさ。「九州障害者アートサポートセンター」センター長の樋口龍二さん、事業マネージャーの橋本理沙さんにお話をうかがった。

違って面白いという価値観があるアートを介在することで、
自然とコミュニケーションできる可能性に気づいた

 九州障害者アートサポートセンターは、福岡県障がい者文化芸術活動支援センター「FACT」と同様、「特定非営利活動法人まる」が運営している。代表理事の樋口龍二さんは障害のある人の表現に関する講演や、さまざまなプロジェクトのプランニングやコーディネートなどを全国各地で行っているが、障害のある人たちとの最初の出会いは衝撃だったという。プロのミュージシャンをめざしていた樋口さんだったが、バンドは解散し、仕事も行き詰まって悶々としていたときに、音楽仲間で、無認可の福祉作業所「工房まる」を立ち上げた吉田修一さんから「遊びに来ないか」と誘われたことがきっかけになった。

樋口 小中学校のとき、特別支援学級の同級生とは触れ合っていたので、大丈夫と思って向かったのですが、初めて「工房まる」に足を運んだときは非常に緊張してしまい、吉田のいる事務所からすぐ近くにある利用者さんたちのいるアトリエに行くまで30分もかかってしまった。どんなテンションで、どんな顔をしていったらいいかわからなくて。それを見兼ねた吉田が、施設にあったギターを手渡してくれて、みんなの前で弾いてみなよと勧めてくれたんです。ギターを手にアトリエに向かったら(利用者の)みんなに囲まれ、曲を弾いたらワッと盛り上がった。逆にこちらの気持ちがほぐれて次々とハードな曲を弾いたり、バラードを弾いたり。そのひと時が終わった後は、みんなと普通に音楽の会話ができたんです。なんだかバンド活動をしていたときより面白いロック感があった。そのときの自分を振り返ると、障害のある方のことをよく知らないために不安になっていたのでしょう。でもお互いに関わるきっかけがあればつながることができると感じ、彼ら彼女らを手助けしたいではなく、一緒に何かやりたいと思ったんです。

 吉田さんが「工房まる」を立ち上げた理由も、大学で写真学科を専攻していたころ、撮影で訪れた特別支援学校で感じた「障害のある人たちと日常ではほとんど出会う機会がないこと」に対する違和感がベースになっていた。再会した二人の思いは「障害の有無に関係なく、誰もが一緒にいられる社会をつくりたい」と一致した。樋口さんたちは、障害のある人が健常者に合わせるのではなく、それぞれができること、得意なことを伸ばすという関わり方ができるものづくり、表現活動を実践するうち、「違って面白いという価値観がアートにはあって、自然と社会とコミュニケーションできるんだとわかった」(樋口さん)と再確認する。

弱者といわれる人たちと社会をどうつなぐ プロデュースをする人たちを増やしたい

 二人が無認可の事業所でタッグを組み始めたころ、まだ共に20代だった。地元の企業や大学、デザイナーやアーティストらを巻き込んで、利用者さんの表現はさまざまなグッズに生まれ変わるなど、幅広い展開になっていく。そして現在のように少しずつ規模も拡大していく。福岡県南区にある現・障害福祉サービス事業「工房まる」が所有する二つのアトリエは、表現活動でつながった人びとが集う場、居場所にもなっていった。そして2007年3月に、樋口さんを代表理事として「特定非営利活動法人まる」(以下、maru)が設立され、今や40名近いスタッフがここで働いている。そのスタッフの多くが福祉に携わったことがないというのもユニークだ。

工房まるのアトリエの風景

工房まるのアトリエの風景

樋口 福祉に携わったことがないスタッフが入ってくることで、福祉業界の狭さ、社会とつながりが少ないことが課題とわかってもらうことが大事なんですよ。現場で実践する自分たちと障害のある人たちとの関わりを経験として、社会に発信してほしいんです。(そんな積み重ねを通して気づいたのは)この業界、行政用語と福祉用語ばかりでわかりにくさ。だったら隣近所のおじさんおばさんにもわかる言葉を使ってイベントをしようとなる。そして両者の間に魅力的な何かがあれば自然と会話が始まっていく、そういう心地よく柔軟に出会える場所をつくりたかったんです。利用者さんのためにだけではなく、利用者さんと地域のために。だから僕らは社会福祉法人ではなく特定非営利活動法人を選んだんです。弱者といわれている人たちと社会とをどうつないでいくかのプロデュースをする人たちを増やしたい。そして利用者さんの世界観を広げたいし、利用者さんが自分で人生をデザインできるような関わりを築いていきたい。利用者さんが何かしたいということがあって、初めて僕らのサポートが始まるんです。利用者さんは支援してもらうばかりではなく、自分が何かやることで役割が見出せれば自信になるし、好奇心を膨らませられる。利用者さんたちはこのチャンスを社会から与えられる機会や選択肢が少ないということに僕らは気づいたんです。

2023年8月にオープンした『ザ ロイヤルパークホテル福岡』に作品が展示

 maruでは、コミュニケーション創造事業「maru lab.」、奈良県の「たんぽぽの家」、東京の「エイブル・アート・ジャパン」と協働する「Able Art Company」、福岡の企業やクリエーターたちと障害のある人たちの表現作品(美術/舞台芸術)の発表の場の構築や仕事に展開する活動などを行う「株式会社ふくしごと」を設立するなどしてきた。

 その経験の蓄積を経て2018年には「九州障者アートサポートセンター」を、2020年には福岡県障がい者文化芸術活動支援センター「FACT」を設立していく。

展示・発表から生まれた現場のニーズに支援センターと文化施設がともに担う関係を目指す

 九州障害者アートサポートセンターでは、これまでのmaruの活動を通して得た経験から各県の支援センターの「かゆいところに手が届く」(樋口さん)ようなサポート活動を行ってきた。それは、各県の支援センターとの密にコミュニケーションを重ねてきた成果でもある。その中である気づきがあった。

樋口 九州の支援センターは県の文化振興課が関わってくれているところが多いんです。でも、運営をしている福祉団体が単独でそれぞれに事業内容を考える傾向があって、支援センターがその社会資源を活かしきれていなかった。福祉分野の現状はしっかり理解できていて、事業の仕様書にもあるワークショップや展示、発表もしっかりやっていたけれど、どういう目的でやるのか、その先地域でどのように活動を持続させていくのか、といったことまで描ききれていなかったんです。そのために現場のニーズをつなぐ文化施設とのつながりをつくるべきだというのが僕らの考え方でした。九州は一つひとつの県は広いし、同じ県の中でも文化が違う。それを支援センターだけで統一しようとするのではなくハブ的な役割となり、そのネットワークに文化施設にも加わってもらおうと。文化施設が発表や展示の機会を行政と一緒につくり上げていく、そのフォローアップを支援センターがやればいいのではないかと提案しました。

 「現場体験ワークショップ」はその一翼を担う企画として、文化施設を舞台にして考え出された。もともとはmaruが地元の航空会社や流通企業などサービスを提供している企業を対象に、車椅子利用者や視覚に障害のある人に対する接客を考えるための企業研修として行っていたものだそうだ。

樋口 障害者雇用や合理的配慮などさまざまな場面で起こる課題を解決するには、障害のある方と直接さまざまな体験をしていただきコミュニケーションを図りながら関わり方のヒントを得てもらえるのではないかと思い、この研修を始めることにしました。このような課題を解決するために大手の企業は取り組み始めていています。研修参加者は、障害のある人に対してどのように対応すべきか戸惑いがあるんですけど、一緒に冒険するようにさまざまな体験をしてもらえば目から鱗のような発見にいっぱい出会える。だから研修を終えると皆さんの表情に余裕が生まれてくるんです。僕が一番うれしかったのは、ある企業の上司の方が「会社に戻って部下の話を聞こうと思います」と言ってくれたこと。人と人とのコミュニケーションでは待つことも大事です。でも社会は忙しい。商品が納期に間に合わなかったら、叱られて、即アウト。でも納期が遅れた担当の人にも何か言い分があったかもしれない。研修を体験した上司の方は部下の人とコミュニケーションをしていないことに気づかれたのかもしれません。そういうことを福祉の現場を通して学んでくださるのはすごくいいなと思って。

 そこで、文化施設を舞台に実施することを思いついたのだ。まずは福岡県大野城市にある「大野城まどかぴあ」に白羽の矢を立てた。「大野城まどかぴあ」は先進的に障害者にひらいた活動に取り組んでいる複合施設だったが、当初はmaruの提案にもなかなか理解を得られなかった。樋口さん曰く「細かいところを査定されるのではないかと警戒されたのかも」とのこと。改めて自分たちの説明不足を反省し、「一緒に冒険するように体験してもらえば」との考えを共有し、2021年10月に実現に至った。そこには福岡県内の文化施設の関係者、九州各県の支援センターも参加してくれたが、非常に評判が良く、いくつかの支援センターでも実施したいとの希望があがった。この「現場体験ワークショップ」はその後、同じ福岡県内の「アクロス福岡」、「ミリカローデン那珂川」でも実施。そして2023年7月12日に県外に飛び出して「熊本県立劇場」でも行われた。

バリアを一つずつ確認していく過程でコミュニケーションが始まり、仲良くなれる

 熊本県立劇場での「現場体験ワークショップ」は、公共ホール職員向けの研修として「劇場スタッフに求められる接遇スキル」などを学ぶ熊本県立劇場主催による劇場人育成プログラムとして開催された。熊本県立劇場は、大阪府堺市にある「国際障害者交流センター(ビッグ・アイ)」の、ダンスや演劇の人材育成を目的とした「大阪府障がい者舞台芸術オープンカレッジ」にスタッフを派遣したり、同じく知的・発達障害児(者)のための劇場体験プログラム「劇場って楽しい!!」を実施したりと広くこの分野に取り組み始めている劇場だ。

熊本県立劇場

 「現場体験ワークショップ」の内容は「体験ワーク」「共有ワーク」からなっている。「体験ワーク」のテーマは、館内でのコミュニケーションや設備における「バリア」に気づくこと。参加者を4グループにわけ、それぞれにユーザーとして障害者1名ずつ(車椅子利用者2名、視覚障害者、聴覚障害者)が入り、支援者、劇場スタッフなど参加者7〜8名と進行スタッフが加わる。それぞれ対話をしながら館内を歩いたり、サービスを利用したりすることで、障害者の日常にある課題に気づき、劇場におけるバリアを体感し、共有した。「共有ワーク」のテーマは、今後の来館者に向けて、安全・安心・快適なサービスを考えること。「気づきシート」にそれぞれが「体験ワーク」で感じたこと(「素朴な感想」「障害について考えたこと」「自分の業務につながりそうな気づき・視点」「今後のサービスに活かせそうな気づき・視点」)を書き出し、グループで振り返る。その後「これからシート」へ記入(「ふりかえりを終えて学びになったこと」「自らの業務やサービスに活かせそうなこと」「自分の暮らしの中で活かせそうなこと」「一緒に研修を行なったメンバーへメッセージを一言」)し、専門家を交えて意見交換、思いを全体共有する。これらでおよそ3時間にわたる内容だ。

 ワークショップの前段として、まずは「九州障害者アートサポートセンター」のスタッフが事前に対象となる施設を訪れ、会場を確認し、4グループが館内をめぐるコースを設計する。当日も本番前に進行スタッフが全員でルート確認を行う。当日に参加する障害ある方々の人選も重要で、自分の困りごとだけでなく、全体の様子を俯瞰できるような方に参加してもらうのが大切だそう。またユーザーとなる障害者を地元の方から選出することで、今後も文化施設との関係が続くことも狙いにしている。

熊本県立劇場での4パターン

 

熊本での実施の様子

橋本  参加者みんなが一緒に文化施設に出かけるという想定でコースを回るんです。雑談などする中で、ポイントにたどり着いたら「ここ進めそう?」「いけないですよね?」などの気づきからユーザーと一緒に確認を行なっていきます。段差やスロープなどのわかりやすいバリアだけでなく、点字情報が建物のできた当時のままで更新されていないなどの発見もある。また障害のあるユーザーの方から「生まれたときからこうだから、何が困り事かわからない。日常のことだから別に不便だとは思っていない」などの言葉が聞けたりもします。介助で参加してもらった方にも「こういうときはどう思いますか?」というようなことを話してもらったりもします。こういう話は普段なかなか聞けませんから。こんなやり取りを通して、参加する人同士が仲良くなっていくんです。

 ちなみに熊本県立劇場では、こんな気づきや意見が聞けた。

  • 工事をするような大きな変更じゃなくても身近にできることはたくさんあると気づいた。
  • 音声と視覚の両面からの配慮があることで様々な方に対応できると感じた。
  • 思った以上に障害というものを意識しすぎていた。どんなものにも配慮が必要だと思った。
  • 「何かお困りごとはありませんか」の声かけは遠慮なくやっていきたい。
  • HPの整備や企画づくり(サポートの提示など)を工夫することでもっと劇場を利用しやすくなるのではと思った。
  • 障害は社会がつくるということ。対応や配慮によってその人の持つ障害はハンディキャップにはならない。

樋口 僕らは2019年に九州、そのあとで全国の文化施設を対象にアンケートをとったことがあります。そこから見えてきたのは高齢者には優しいけれど、障害のある人が施設に来る想定にはなっていないところが多いということ。筆談はできますか?という問いにできませんとだけ答えてくる施設もありました。来ないからやっていない、それでいいんですか?ということです。そのためにはまずお互いが出会うことが大事。「現場体験ワークショップ」を通して、今の文化施設が使いやすいのかどうか検証していくことも必要だし、課題を解消することが物理的に難しくてもアイデアを出し合うことで解消できるということがわかることも重要です。

 今年7月に、アクロス福岡で実施した際には、ビッグ・アイ、九州各県の支援センター、文化施設とがつなげる「芸術×福祉 九州ネットワーク会議」のメンバーも参加してくれた。こうした九州ブロックでの背景から、樋口さんは「現場体験ワークショップ」を他地域に広げたり、俳優たちを起用してハプニングに出会う設定を盛り込んだイベントにしていくことも考えている。

 「まずは出会う」こと。そこから始まる関係性には計り知れない可能性が秘められている。

取材・文 いまいこういち
公開日:2024年2月

 

 

樋口 龍二(NPO法人まる 代表理事/九州障害者アートサポートセンター センター長)

1974年生まれ。1998年、染色会社在職中に「工房まる」と出会い、障害のある人たちの感性に魅了され即転職。2007年に「NPO法人まる」設立と同時に代表理事就任。九州/福岡を中心に、障害のある人たちの表現を社会にアウトプットする企画運営や、表現活動をサポートする人材育成としてセミナーやワークショップ等を各地で開催している。2014年にNPO法人まるとして「第22回福岡県文化賞」(社会部門)を受賞。

 

橋本理沙(九州障害者アートサポートセンター/事業マネージャー)

ヘアメイクとして関わったことをきっかけに舞台の世界に引き込まれ、以降、制作として演劇やダンス等の舞台芸術現場に携わる。その後、2016年より建物再生プロジェクト「紺屋2023」の運営・管理・企画等を行いながら、様々な人や表現と出会う。2020年より事業マネージャーとしてセンターに従事。「心地よい場づくり」を心掛けながらセミナー、イベント等の運営などを行う。

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