芸術祭「山形ビエンナーレ」に支援センターが参画。市民とダンスプログラムを展開
障害者芸術文化活動支援センターと芸術大学との連携で、福祉×アートの地域人材が育つ
芸術祭の公式プログラムに障害者芸術文化活動支援センター(以下、「支援センター」)が参画しためずらしい例が「山形ビエンナーレ2020/2022」(主催:東北芸術工科大学)である。プロジェクト名は「まちのおくゆき」。障害のある人たちの表現活動が社会に奥行きをもたらすことを表している。
どのような経緯で芸術祭に支援センターが関わるようになったのだろうか。また、福祉分野と芸術大学という研究・教育機関との連携は、どんな効果をもたらしたのだろうか。山形県の支援センター・やまがたアートサポートセンターら・ら・らのスタッフ武田和恵さんと、「まちのおくゆき」でキュレーターを務めた元東北芸術工科大学准教授でアートディレクター/グラフィックデザイナーのアイハラケンジさんに話を聞いた。
地域に根ざした芸術大学が人材ネットワークのハブになる
山形ビエンナーレは東北芸術工科大学が主催する芸術祭で、2年に一度開催され、今年(2024(令和6)年)で10年目を迎える。第4回となる山形ビエンナーレ2020は、現役医師でもある稲葉俊郎さんが新たに芸術監督に就任して、新たな3部作シリーズがはじまるタイミングだった。全体テーマは「山のかたち、いのちの形」。アイハラさんはこれまで全ての山形ビエンナーレに関わってきた、ディレクター/キュレーターである。
アイハラ 「いのち」がテーマになるのであれば、障害のある方の表現は絶対にいれなければと、武田さんと相談をはじめました。
武田 支援センターとしても福祉とアートの仲介や橋渡しをしたいと決めていましたので、それはぜひにと。私自身、東北芸術工科大学出身で、それまでの山形ビエンナーレに障害のある人達とのプログラムがあまりなかったことに、歯がゆい思いもありました。
いったん話がそれるが、武田さんは大学卒業後に山形県内の福祉事業所に勤めた後、奈良にあるたんぽぽの家と東京・宮城を拠点とするエイブル・アート・ジャパンに勤めていた経歴を持つ。福祉とアートの先駆事例の現場である。エイブル・アート・ジャパンのスタッフとしては、柴崎由美子さんらとともに、障害者の芸術活動支援センター@宮城(愛称:SOUP)の立ち上げを手がけた。
2014年(平成26年)にSOUPが障害者芸術文化活動普及支援事業のモデル事業として立ち上がるにあたり、SOUPのコンセプトメイクやアートディレクション、デザイン全般を手がけたのは、この年、東北芸術工科大学の准教授に着任したアイハラさんだった。つまり、アイハラさんは、10年前から福祉とアートの橋渡しとなる事業を手がけていたのである。
アイハラ あまり事例として参考にならない話かもしれませんが、地域に根付いた人脈が背景にあり、タイミングがバチっとマッチしたことで、こういう連携ができているというのが一番大きいと思うんですよね(笑)
2020年はこれまで県の事業として障害のある人の芸術文化活動に携わってきた社会福祉法人愛泉会が、障害者芸術活動支援センター「やまがたアートサポートセンターら・ら・ら」としての活動をスタートさせた年。絶妙なタイミングでもあった。
武田 よいチャンスがきたと、市民を巻き込んでいけることにやりがいを感じていました。障害のあるアーティストが普通に評価されるような機会を持つためには、障害者の芸術文化活動に関係する人口を増やしていく必要があります。山形では東北芸術工科大学や山形ビエンナーレと何かしら連携をすることで、福祉とアートの分野間の溝が埋まるのではと考えていました。
コロナ禍のなか、芸術祭と支援センターとの協働がスタート
「まちのおくゆき」に話をもどそう。当初は山形ビエンナーレ2020が展開していた7つの公式プロジェクトのひとつ「まちとひと」というプロジェクト内のいちシリーズだった。コロナ禍での開催であったため、オンライン形式。全5回のトークがオンラインでライブ配信された。コンテンツは現在も山形ビエンナーレ公式YouTubeで公開されている。多様な事例をとりあげつつ、豊かな対話がなされていて、とても面白いので、ぜひ観てほしい。
山形ビエンナーレ2020「まちのおくゆき」オンライントークより
〜まちにあーとをひらく〜
出演=柴崎由美子、イシザワエリ、佐藤敬子 モデレーター=武田和恵、アイハラケンジ
https://www.youtube.com/watch?v=1K__ha8hmUg
最終回にはふたりの盟友、柴崎さんも登壇。山形ビエンナーレが、地域の人材をつなげ、市政の人々の表現をまなざすひとつの装置として、イベントだけでなく日常の中でも機能していくことへの期待を滲ませている。
武田 トークの中でも次のビエンナーレでもプロジェクトを続けていきましょうという話が出ていました。「まちのおくゆき」というタイトルは、多様性という言葉を使いたくなかったので、アイハラさんと相談してつけたのですが、これがよくて。まちを多様な側面でみて、さまざまな人とつながっていくというコンセプトが確かなものになっていきました。
2020年のトークライブを序章とし、「まちのおくゆき」の企画が次の山形ビエンナーレに向けて走り出すことになった。企画の段階から、支援センターの事業と芸術祭とが合流する形態が構想された。
アイハラ 障害というバリアと、コロナ禍で人と人が直接触れあえなくなったバリアとが、テーマとして浮上していました。ちょうど武田さんがダンサー・振付家の砂連尾理さんと地域の福祉施設にアウトリーチをしてワークショップを行っていたタイミングでもあり、それで、砂連尾さんをお招きして、市民と一緒にダンスパフォーマンスをつくっていくことになりました。
武田 支援センターのプログラムとして、2021年に山形県内3カ所の福祉施設で、砂連尾理さんとダンスのワークショップを実施していました。この頃、東京在住の人が山形の福祉施設でワークショップを行うのは現実的ではありませんでした。そこで、砂連尾さんはZOOMで参加することに。山形の現地ダンサーが福祉施設の方や利用者さんと関わって、砂連尾さんはZOOM越しにファシリテートする形ですね。
現地ダンサーは、支援センターの相談業務で出会った方も含まれる、「ダンスをやっているのだけれど、障害のある方と一緒にやれることはないか」と問い合わせのあった方や、紹介があった方々である。
ダンスワークショップを経験した福祉施設の職員の感想としては、支援する側、される側というだけではない、障害のある方との新しい関係性を体験し、日々の支援にも変化が感じられるという感想をいただいたそうだ。ワークショップ実施のみならず、3カ所の施設をオンラインでつないで、ふりかえりのネットワーク会議なども実施した。
そして、第5回となる山形ビエンナーレ2022では、「まちのおくゆき」は、7つある公式プログラムのひとつとなり、砂連尾さんを迎えた障害のある人もない人も共に参加する市民参加型のダンスプロジェクトを軸に展開している。
2021年の支援センター事業での丁寧な関係性構築が功を奏し、アウトリーチ活動で現地ファシリテーターを務めていた3名のダンサーは、山形ビエンナーレでも、アシスタントとして主要な役割を担ってくれた。
市民参加者の募集にも困らなかった。2021年のプログラム経験者が参加してくれ、さらには、現地ファシリテーターがプログラムに合いそうな人に声がけを行うなどして、新たな参加者も集まった。続けているからこその強みである。
関わる全ての人が互いに響き合うように行動変容していく
山形ビエンナーレ2022では4回の事前ダンスワークショップを実施。会期中、2日間に分けて3回の本公演「さわる/ふれる〜ここにいない人と踊るためのエチュード」を上演した。
武田 鑑賞者や関係者に、作品として評価をしていただいたのは、大きな成果でした。参加者はその実感を持って、地域で新しいことにチャレンジしていたりします。そうすると、また広がりが出てくるのではと。
例えば、いままではリズムダンスをやっていた方が、コミニケーション・ダンスに取り組んだりなどしているそうだ。また、山形市の事業で、山形ドキュメンタリー映画祭の開催期間中に障害のある方とのコンテンポラリーダンスを行う事業があり、支援センターでもこうした一連の流れを次につなげている。
ダンスパフォーマンス「さわる/ふれる 〜ここにいない人と踊るためのエチュード〜」公演ダイジェスト映像
演出・構成=砂連尾理(振付家/ダンサー)
https://www.youtube.com/watch?v=nex_9KJhU4o&t=631s
武田 宮城の支援センターSOUPで働いていた頃、障害のある方をはじめとする様々な方が参加するダンスワークショップを制作したことがあります。その時に「まちがいのない世界はなんて幸せなんだ」と感じていて。山形でもできたらと思っていたので、実現して幸せでした。
2022年の「まちのおくゆき」では、「きざしとまなざし2022 企画展『さわる/ふれる 〜共振するからだ〜』」という展覧会も開催されている。
「きざしとまなざし」は表現するきざしと寄り添うまなざしをテーマにした公募展で、やまがたアートサポートセンターら・ら・らの母体団体が2019年から毎年開催している企画だ。
山形ビエンナーレの「まちのおくゆき」プロジェクトのなかでは、砂連尾さんの市民参加型ダンスワークショップ、山形県米沢市の福祉事業所訪問によるアウトリーチ型ダンスワークショップを取り上げ、ダンスプロジェクトに参加をしたことで、身体をとおして育まれた関係性を、言葉と写真で紹介している。
トークライブでも、ダンスプロジェクトでも、往復書簡をやりとりするように、他者との丁寧なやりとりが重ねられていくのが、「まちのおくゆき」のあり方である。
アカデミアで形成される、地域人材の共通哲学が有機的な連携を可能にした
アイハラ 誰かと誰かをつなげたりとか、この人を連れてくると面白いのでは?という視点は常に持つようにしています。元々そういうのが好きな人間なんです、アーティストのどういう部分を見せていくのが良いのかを考えるというか。デザイナーとしての仕事も教育もキュレーションに近いところがあります。
アイハラさん、武田さんは、東北芸術工科大学の学びから、「アートとは価値観を転換させるもの」という考え方に惹かれているそうだ。それは、アイハラさんがコンセプトづくりを並走した宮城のSOUPという名称に込められた4つの言葉、「Sign」「Open」「Upset」「Planet」の「U(ひっくりかえす)」にもあたる。
だが、なにか強烈なひとつのメッセージをもってひっくりかえそうとしているのではなく、丁寧なコミュニケーションの積み重ねのなかで、価値観を小さくひっくりかえし続けているような繊細さである。
大学での学びを介して、いわば共通の哲学、向き合い方を持つもの同士であるから、山形での連携がスムーズだといえる。地域におけるアカデミアの価値とはこういうことかと膝を打ちたくなるような事例である。また、大学で教鞭をとっていたアイハラさんの良質なネットワークと、地域の福祉施設や障害者と日常的に信頼関係を気づいている支援センター武田さんとの組み合わせもまた絶妙だ。
最後に、現在感じている課題についても聞いてみた。
武田 なんか1回花火あげたみたいな感じになっていて。着実に積みあげていくことでもっと熟成されたものになっていってほしいというのが、今の夢ですね。
アイハラ 今年の山形ビエンナーレではまた砂連尾さんをお招きして、蔵王温泉で温泉をテーマにしたダンスを創作予定です。私は大学を離れたのですが、依頼を受けて引き続きキュレーションをします。芸術祭として支援センターとの連携が継続し続けるかどうかは、また次の芸術監督の意向にもよりますね。
ところで、山形ビエンナーレであるが、他の地域芸術祭と比較するとかなり予算規模が少ない。その代わり、大学の先生方が持つ専門家とのネットワークを活かしつつ、地域にとことん密着した芸術祭であることが魅力である。
芸術祭とひとくちにいっても、国際的な評価の確立をめざす芸術祭もあり、芸術祭ごと、成り立ちにもより、その性格はさまざまだ。山形のような連携がどの芸術祭でも可能というわけではないであろう。
だが、もし連携が可能なのであれば、芸術祭は祭りであるのだから、参加者や地域の気持ちを盛り上げ、発信の場となる「ハレ」の場として、「ケ」を大切にしながら、関われるのなら面白いだろう。
そして、地域連携/人材育成というキーワードにおいては、支援センターと大学との連携には、さらなる可能性がありそうだ。
取材・文 友川綾子
公開日:2024年3月
*山形ビエンナーレ2020「まちのおくゆき」トークシリーズ アーカイブ動画
1)〜ものとひとのありかた〜
出演=藤井克英、𠮷田勝信、近藤柚子
モデレーター=武田和恵、アイハラケンジ
https://www.youtube.com/watch?v=CmhD-MMrpj42)〜てまひまのかけかた〜。
出演=ユーモラボ、岩井巽
モデレーター=武田和恵、アイハラケンジ
https://www.youtube.com/watch?v=RgFDL_levos3)〜おくゆきのつくりかた〜
出演=𠮷田勝信、山田和寛、原田祐馬
モデレーター=アイハラケンジ
https://www.youtube.com/watch?v=KiADswsqCco4)〜ひょうげんがうまれるとき〜
出演=小林竜也、坂野健一郎、角地智史
モデレーター=武田和恵、アイハラケンジ
https://www.youtube.com/watch?v=hzTzhRE5rbI5)〜まちにあーとをひらく〜
出演=柴崎由美子、イシザワエリ、佐藤敬子
モデレーター=武田和恵、アイハラケンジ
https://www.youtube.com/watch?v=1K__ha8hmUg
武田 和恵(福祉とアートのコーディネーター)
山形県山形市生まれ天童市在住。東北芸術工科大学デザイン工学部映像コース卒業。 学生の頃、障害のある人の表現に惹かれ、卒業後に山形市の福祉施設で働き始める。10年務めた後、福祉とアートに関わりたいと発起し、2012年から、一般財団法人たんぽぽの家、NPO法人エイブル・アート・ジャパンの東日本復興支援プロジェクト東北事務局として障害のある人の仕事づくり、芸術活動支援事業に携わる。その時に中間支援やコーディネートの重要性を実感。2018年から、山形県障がい者芸術文化活動普及支援事業やまがたアートサポートセンターら・ら・らコーディネーターとして従事。 2023年より一般社団法人こねる共同代表理事。
アイハラケンジ(アートディレクター/グラフィックデザイナー)
1974年東京都生まれ、仙台市育ち。東北芸術工科大学卒業、同大学院修了。主な活動領域はデザインとその周辺。障害のある人の芸術活動の普及支援活動として、厚生労働省「障害者の芸術活動支援モデル事業」への参画をきっかけに、2014年より障害者の芸術活動の調査・発掘、展覧会キュレーション、アートディレクション、デザインなどトータルに支援している。山形ビエンナーレには、2014年よりディレクター/キュレーターとして参画。
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