福祉現場の課題解決に大学のリソースと知見を活用する ―アーツセンターあきた
福祉施設で芸術文化活動を行う難しさを乗り越えるには?
障害のある人を支援する施設などが「アートの時間を設けたい」考えたとき、組織内の合意形成は課題のひとつだ。もちろん、県の支援センターやすでに活動している“先輩”施設などに一歩踏み出すための相談をすることができるだろう。しかし、現場のスタッフの中に「マンパワーが足りない」「アートに興味はないし、わからない」「活動にどんな意味があるの?」などといったモヤモヤがくすぶっていたらどうだろうか。秋田市に拠点を置く「NPO法人アーツセンターあきた」が、福祉施設との対話を経て実施したワークショップは、そのモヤモヤを浮き彫りにし、職員同士の一体感を醸成するという目的を持っていた。お話を伺ったのはプログラム・コーディネーターの田村剛さんだ。
大学のリソースを生かした社会との連携事業を行う窓口
アーツセンターあきたは、2018年4月に、秋田公立美術大学が設立したNPO法人だ。前身は、大学の組織内にあった「社会貢献センター」で、大学と地域の社会連携を担っていた。スピード感への課題と可能性を広げることを目的に、外部団体を模索する流れからNPO法人アーツセンターあきたとして生まれ変わった。
アーツセンターあきたは地域、行政、企業などの提案・相談の窓口であり、企画・運営を行う役割を担っている。その担当者の一人が田村剛さんだ。教員や大学事務局と相談しながら企画内容や担当教員を検討し、相手先と伴走するというやり方を採っている。
田村 地域的な取り組みの相談には、まずは、その方々自身でできるかどうかを考えたり、動けるように促すことから始めます。自分たちでやってみて、ここができない、大学や美大生の力が必要だとなったときに、大学の受託を経て、活動をスタートさせるわけです。たとえば「壁画を描いてください」という相談がすごく多いんです。でも、ただ描くのなら絵描きさんに直接依頼した方が早いじゃないですか。大学で引き受ける場合は、なぜ壁画を描くのか、そもそも壁画が必要なのかから一緒に考えさせていただけるなら、ということになります。私たちもいろいろやってみたいという思いはあるのですが、大学のリソースや知見が生かせるかどうか、研究に繋がるかどうかが、依頼を引き受ける際の基準になります。
その枠に、秋田県社会福祉事業団が運営する障害者支援施設「高清水園」からの相談が持ち込まれた。最初は「施設の夏祭りの看板をつくってほしい」という内容だった。なぜ美大と一緒にやりたいのか、施設の利用者が中心になってつくるのか、あるいはスタッフも一緒につくるのかなどと聞き取りをするうち、当時の園長の「どのような創作活動に取り組んでいけば良いのか」という思いに行き当たった。その思いを職員間で検討する中で看板づくりに変換され、アーツセンターあきたに届いたのだ。とは言え、高清水園の敷地内には日々のアート活動のための作業棟が設置されるなど、すでにさまざまな取り組みはされていた。聞き取りをするうちに、田村さんは他に課題があることに気づく。
担当教員を美術学部美術学科ものづくりデザイン専攻の安藤郁子准教授にお願いした。陶芸制作、ソーシャルアートを研究する安藤先生は養護学校教諭の経験があり、秋田県内の障害者の芸術表現活動を支援する「NPO法人アートリンクうちのあかり」(https://utinoakari.com/)の代表でもあった。
田村 安藤先生と高清水園さんを見学したり、職員の方とお話しする中でわかってきたのは、「創作活動がすごくいい」と考える園長さんや一部職員さんに対し、「アートをやることにどんな意味があるの?」という疑問を持っている職員さんがいることでした。また「今やっているやり方がいいのかわからない」「日常業務が大変で仕事を増やしたくない」などの意見もある。しかも気になったのは職員同士の考えを、お互い想像で語っていたりもするところでした。つまりそれぞれがどういう認識から意見が出ているかわからないまま、創作活動に意味がある・ないのやり取りが起こってたんです。そこで職員の方々が対話をする要素を取り入れたワークショップを行うことを考えました。
「まちづくり」と「アート×福祉」のファシリテーターによるワークショップ
田村さんが参考にしたのは、まちづくりにおけるワークショップの手法だ。田村さんは大学で応用社会学を専攻し、景観まちづくりを研究対象の一つとしていた。アーツセンターあきたに所属する前は、秋田公立美術大学の美術学部美術学科景観デザイン専攻の助手をしていた。
田村 まちづくり関係のワークショップにおいては、参加者の意見の背景を共有することが重要になります。高清水園さんの課題はこれと同じだと思いました。意見交換するにも、誰々さんはこう考えているから、こういう意見を持っているんだということがわからないままだと、創作活動をどう考えるかの議論にならない。そのワークショップのファシリテーションを秋田でまちづくりファシリテーターをしている平元美沙緒さんにお願いしました。平元さんは教育委員会での勤務経験があり、福祉事業所への興味もお持ちで、ワークショップのアイデアもいろいろ出してくださいました。
「創作活動の取り組み方を知りたい」「職員自身がこれからを考えていけるような内容に」という高清水園からの要望や、職員の方々への再度のヒアリングから「お互いの考えを知りたい」という思いを重視した内容による「高清水園における〈創作活動〉を探る職員研修ワークショップ」を2回実施することになった。回数については高清水園の予算との兼ね合いもある。参加者は創造活動への考えも距離感も違う13名が集まり、仕事の都合で第1、第2回では3名が入れ替わった。
【第1回目】
9月5日(木)15時〜17時(ファシリテーター:平元美沙緒さん)
高清水園での創作活動に関する、職員のそれぞれの想いの共有に時間を割く内容になった。お互いの気持ちを知ることは、職員同士の心理的な不安感の解消に役立った。振り返りでは、これから取り組んでいきたい課題や現状の問題なども提示された。
■自前の名札をつくる
用意した紙や紐、テープなどで、各々のキャラクターや雰囲気を表していると思われる名札を自由につくった。
■想いの共有
4〜5人でグループをつくり、事前課題だった「わたしの想いの円グラフ」をもとに、創作活動に対する考えや想いを共有した。
■高清水園で見られる利用者の表情とその背景の想像と共有
感情をグラフィックで表現する「エモグラフィ」を使って、普段接している利用者さんがその表情をしているときにどんなことを考えたり、言ったりしているかを書き出していくワーク。驚き、喜び、やる気、残念など7つの感情を表現した顔アイコンを用い、その顔にどんな感情が秘められているかは参加者の想像に委ねられた。
■利用者と職員が形成していく関係性のイメージをコラージュで表現し、共有する:
創作活動に関わらず、利用者と職員である「私」がどのような関係性を築いていきたいのかを紙、紐、テープ、絵などを用いたコラージュで表現するワーク。
【第2回目】
9月12日(木)15時〜17時15分(ファシリテーター:安藤郁子助教授)
まずはレクチャーとして、障害のある方との創作について、支援者がそこにどのように関わっていると考えられるかについて、安藤先生のこれまでの経験と研究から導き出した視点を提示。支援者は利用者へのサポートをする存在であり、創作は利用者個人の中からのみ表現されるものだと考えられがちだが、安藤先生は、利用者と支援者が、利用者の創作に対して同格にあり、その関係性から生じる表現であるという捉え方をした。
■音を聴き、それを形にする
参加者は目隠しをし、聞こえた音を粘土で好きな形にする。その音を発する物の形をつくる人と、音のイメージを形にする人とに大きく二分されていた。
■喜びと怒りの感情を形にする
目隠しをせず、粘土で怒り・喜び・やさしい気持ち・きれいだと感じる気持ち・好きな動物などを表現。
■利用者の方々の日常での表現について情報を共有する
職員の方々が、利用者が日ごろどのような表現を、どのような手段で行なっているか観察を語ったり、ファイリングしていた創作物を開示し合った。
ワークショップの雰囲気は、アーツセンターあきたのウェブサイトでのレポートに詳細が紹介されているので、そちらに目を通してほしい。
■アーツセンターあきたウェブサイトでのレポート
高清水園における〈創作活動〉を探る 職員研修ワークショップ
第1回 https://www.artscenter-akita.jp/archives/8240
第2回 https://www.artscenter-akita.jp/archives/10006
創作活動の是非をめぐる職員間の意見の相違の背景のひとつには、多忙な中でのコミュニケーションの難しさがあった。事業所の規模が大きいため、日常的に触れ合う職員の数が限られていることもある。これは高清水園や福祉現場に限ったことではなく、どんな職場でも、地域でも、起こりうることだ。ワークショップを通じて、利用者のことを見つめる目、思う気持ちは職員の誰もが持っていることを共有できたという。
田村 事前のヒアリングでも、現場の忙しさもあってワークショップを敬遠する意見はありました。しかも研修は一方的に教えられることばかりで面白くないと思っている方も多かった。それが「今回は楽しかった」と言っていただけました。名札や粘土で表現をしてみることで「いつもは利用者さんに創作してもらう立場なのに、自分がやってみることで、こういう気持ちになるんだとわかった」「自分がこんなふうに思っているのかと驚いた」など発見があったようです。何よりも「スタッフ同士の仲間感が出ました」「みんな利用者さんのことを考えているのは共通しているとわかりました」という感想はうれしかったですね。実はヒアリングの段階では創作の時間を重視している職員に対して、利用者さんのためではなく、その職員がやりたいからやっているのでは、という受け止めもありました。
本当は日常の中でコミュニケーションを取ることが重要ですが、多忙な現場では難しいことです。かと言って大学がずっと伴走し続けられるわけではないので、高清水園さんや職員の皆さんが自分たちで考えてもらえるような内容にしたつもりです。創作活動だけではなくいろんなやりとりが続く、きっかけになることを望んでいます。
アーツセンターあきたと高清水園の取り組みは、福祉でも芸術文化でもない「まちづくり」ワークショップの手法という新たな視点が入ったことで、違う意見や人間関係がかき混ぜられたケース。ただ、田村さんが「継続するためには時々外部の視点が入った方が良いかもしれない」と言うように、創作活動への合意形成は時間のかかる作業でもある。そして全国のあらゆる福祉現場の課題が凝縮されている。壁にぶつかりそうなときは、第3、第4の視点がヒントになる場合もあるのではないだろうか。
(取材、文 いまいこういち)
公開日:2022年3月
兵庫県神戸市生まれ。神戸高専卒業後、農機工機メーカーの製造技術部門で働くうちに、人間や社会の不思議さを知る。海外を巡り、実社会に出て自身の知識不足に衝撃を受け、大学への進学を決断。景観形成や社会学的観点から風景を研究するなかで、市民参加やまちづくりと出会う。秋田公立美術大学景観デザイン専攻の助手時代に近隣地域と学生を繋ぎ、場の公共化の視点によるまちづくりを実践。現在、NPO法人アーツセンターあきたにて、主に秋田公立美術大学の地域連携関連事業のコーディネーターを務めている。修士(社会学、立命館大学)。
撮影:伊藤靖史(クリエイティブ・ペグ・ワークス)
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