厚生労働省|障害者芸術文化活動普及支援事業

厚生労働省障害者芸術文化活動普及支援事業連携事務局

取組コラム

「まずは知ることから」芸術文化をきっかけに、障害のある人のこと、障害について考えていただける事業に取り組んでいく(静岡)

学生たちが未来の共生社会へのブリッジとなる

静岡県の「静岡県障害者文化芸術活動支援センター みらーと」では、大学や専門学校と連携する形で、障害のある人が表現したり、発表する場づくりのサポートを行なっている。障害のある人と日常的に関わることが少ない学生たちにとって、これらは未来の共生社会を一緒につくる担い手としての一歩を踏み出すきっかけになるかもしれない。ファッションショー『Look@me!』という独自のイベントをはじめ、「まずは知ることから」の活動について、田代大輔さんに伺った。

 みらーとを運営する「オールしずおかベストコミュニティ」は、福祉事業所や企業とのネットワークを持ち、障害のある人の就労に関する支援を行う県の「障害者働く幸せ創出センター」など、いくつもの行政の事業を受託するNPO法人だ。お話を伺った田代大輔さんを含むみらーとのスタッフ3人は同NPO法人に所属、県内を東部・中部・西部の3地域にわけ、それぞれが各地域の担当として芸術文化活動の支援を行なっている。

「オールしずおかベストコミュニティ」の様子

 田代さんは都内のガラス工芸の会社で働いた後、地元・静岡市に帰ってきた。ゼネコンなどと共同で障害のある人の作品を仮囲いのビジュアルに使用するなどの取り組み(「街を彩る」)を行なっているNPO法人を運営する友人を通して、障害のある人のアート作品と出会い、興味を抱いた。

「実は私もそれまで障害のある人が身近にいる環境にはいなかったので、この仕事に就いて学んできました。いろいろな福祉事業所を訪問させてもらう中で、一般的に言われている課題 - 共生社会を進める中で何より障害のある人と接する機会がない、だから知らない、考えることもない、差別があるということさえ知らないという状況に違和感を抱くようになりました。障害のある人への差別の根本は、自分がどう振る舞えばいいかわからないことからくるものだと思うんです。とりあえず知ることから始めないと何も始まらない。私たちは支援センターの事業の中で、県民の方々に広く、浅くても、障害のある人のこと、障害のことを知っていただく、障害のある人の作品に出会ってもらえる機会を増やせたら、という思いで活動しています」

出張アトリエ活動の様子

 

出張アトリエ活動はコロナ前の56倍に増加

 静岡県には先進的な取り組みをしている福祉事業所もあるが、基本的には就労継続支援B型の事業所での芸術文化活動は余暇活動の一環で行っていることがほとんどだそう。そこでみらーとが大切にしている活動は出張型の芸術文化体験だ。

「かつてはオープン・アトリエと銘打って、ある日ある場所に、不特定多数の人が集って自由に表現活動をしてもらうというやり方で実施していました。それがコロナ禍で難しくなり、今では私たちが画材を持って出かけ、事業所単位で表現活動をする機会を提供しています。何月何日にどこどこでオープン・アトリエをやるので来てくださいと言っても、距離的なこと、家族や職員の方がその時間に動けるのかなどアクセスに関する課題がどうしても生まれてしまう。でも私たちが出向けば事業所さんは時間と場所を空けて待っていてくれさえすればいいので、負担はかなり減るんです。実施数はコロナ前に比べて56倍に増えています。初めて利用者さんに絵を描いてもらったという施設もたくさんあって、利用者さんたちも初めてアート活動に触れる機会になっているという意味でも手応えを感じています。それがまた口コミで広がって興味を持ってくれる事業所さんも増えていますし、定期的に開催しているところも現れています」

 田代さんやほかのスタッフが講師を務めるが、それぞれ表現活動の心得があるのも信頼につながっているようだ。

展覧会『みらーと 風を創る人たち』より

 ただ発表の機会の展覧会となると試行錯誤することがまだまだ多い。

「私たちがお付き合いしているのは、絵を描いているご本人もいるのですが、事業所の職員さんが圧倒的に多いんです。その職員さんごとに考え方もいろいろで、作家さんのバックグラウンドを丁寧に紹介するような方法もありますが、嫌がる方も少なくありません。ですから私たちもバックグラウンドを紹介するのか、一切出さずに展示するのか、そのつど話し合い、考え、検討しながらやっています。これはジレンマでもあるのですが、アートは障害の有無に関係ないジャンルだとも言われます。その考えに則って展示した場合には、障害のある作家さんのことが鑑賞者に伝わりにくくなってしまいます。障害のある人のこと、障害のことを県民の皆さんに理解してもらう機会をつくることが私たちの業務ですが、そこがなかなか伝わらなくなってしまう。しかし障害を前面に出すとボーダレスだとか、多様性の社会という観点からは逸脱してしまうという懸念もあります。ただどちらに軸足を置くかは決めるべきだとは思うんです。大学(教育学)の先生や福祉関係者、法律関係者などで構成される協力委員会で協議したりもするのですが、それぞれ意見も違って決めるのは難しいのですが、何か事業を行うにしてもブレる要因になってしまうので、軸足をしっかり決めることは重要だと思います」

 同様の悩みを抱えているところは少なくないのではないだろうか。

 

文化芸術を専門的に学ぶ学生さんと、障害のある人や表現が出会う場を提供

 みらーとでは静岡県からの受託事業として、『風を創るひとたち』展やワークショップなど、障害者芸術文化普及支援事業で実施すべきプログラムが決まっている。それ以外の事業については県と相談するが、みらーとのオリジナル企画の中に、『Look@me!』というファッションショーがある。

『Look@me!』に関わったメンバーが全員集合

「私がまだ就任する前の話ですが、発達障害で、LGBTQでもあるお子さんのお母様からの相談がきっかけになったと聞いています。そのお子さんがファッションに非常に興味を持っており、ファッションショーができないかという内容だったようです」(田代さん)

 2018年度にデパート前の歩道で開催したのを皮切りに、静岡駅前の地下広場のように人通りの多い場所や、ホールなどの文化施設など会場を変えて続けてきた。

 モデルの選考は抽選で、モデルになるとフィッティングを行い、プロの先生のウォーキング・レッスンを経て本番を迎える。モデルになった参加者からはどんな声が届けられているだろう。

「自分が変わった気がするなどの意見が多くありましたね。コスプレ好きな子もいて、ステージで照明を浴びて撮影してもらうことを喜んだり、お気に入りのアクセサリーをつけたり。すでにモデル活動をしている子もいました。中には本当に自分を変えたい、これをやり遂げたら何か変わるかもしれないという思いを持って参加している子もいました。ファッションショーを通してそれぞれでなにかしらつかんでくれていたら幸いです」

 実は田代さんによれば保護者の皆さんの反応が印象深いと言う。

「お子さんがカレンダーに印を付けて本番を心待ちにするだけではなく、日常生活で自分から率先していろいろなことを手伝うようになって驚いたとおっしゃる方がおられました。とある福祉事業所の方からは、自分の子どもには無理だと考えていたところ、やり遂げたことでご両親自身が大きな気づきを得ることができたということも聞いています。目標に向かっていろいろ練習する日々によって充実した時間が増えてきたのかもしれないと。表現をしたいという以外にもポジティブな効果がいろいろあって、意味がある取り組みになったと感じています」

 2021年度は本番が近づく中で緊急事態宣言が出たことからショーは中止になった。しかし保護者に中止の連絡をしていくと、当然の判断だと理解しつつも、「モデルに決まってすごく喜んで、楽しみにしていたんです」という答えが相次いだ。その声にスタッフが急きょ動いたのだ。参加人数を減らさざるを得なかったものの、古い石造りのレトロな建物である静岡県庁本館で動画撮影を行った。

2021年度『Look@me!』より

 冒頭に記したように、みらーとでは、学生と障害のある人、その作品との出会いに注力している。

 『Look@me!』には、初年度から静岡市内のデザイン専門学校が参加している。当初はブライダル・ビューティー科がヘアメイクを担当した。2020年度からはファッションビジネス科とグラフィックデザイン科も加わり、前者がフィッターを、後者が映像・写真撮影を担当し、それぞれの得意分野を生かしてショーをバックアップした。フィッターでは30人近いモデル一人ひとりに担当の学生がついた。『Look@me!』への参加を通して、学生にとってはデザインについて考え、社会のためにできることを見つける学びになったという。

『Look@me!』でヘアメイクを手がける学生

 公立大学法人静岡文化芸術大学では学生が障害のある人とのワークショップと展覧会に取り組んでいる。まずはワークショップの企画運営を行い、ワークショップで生まれた作品と大学がある浜松市近辺に住んでいる作家の作品を集めて、大学内のギャラリーでどう展示するかを考えるのだ。『風を創るひとたち展~碧い翔け橋~』がその取り組みだ。大学側は障害のある人と交流することで、学生が一般の方々との「翔け橋」になるという思いを込めている。

 また静岡文化芸術大学デザイン学部の学生が、みらーとが主催するイベントのチラシを制作するなどの連携も行われている。

『風を創るひとたち展~碧い翔け橋~』より

 ほかにも浜松市内のデザイン専門学校では、福祉事業所がつくっている牛乳パックの再生紙を使った福産品(静岡県内の障害のある人による製品やサービス)の開発をするブランディングの授業も行われている。

福産品ブランディング授業

 

変身は演じる表現の入口

 みらーとでは2022年度、ファッションショーに変わって、『Look@me!』というタイトルはそのままに、『みらーとパフォーミングアーツ』という発表形式のイベントを開催した。

「ファッションショーの『Look@me!』がきっかけになったかどうかわかりませんが、県内のあちらこちらで障害のある人のファッションショーが開催されるようになったんです。最初のきっかけになったお子さんも年齢、国籍、性別、障害の有無を問わず、すべての人が笑顔になれる服を掲げるブランドの専属モデルになり、お母様もファッションイベントを継続的に実施されている。きっかけづくりという意味では一定の成果を上げられたのかもしれません」

 『みらーとパフォーミングアーツ』では、ホールを借りて、音楽やダンスなど5団体による発表を実施し、動画にまとめてホームページに掲載する予定でいる。

 田代さんによれば、今後は音楽を中心に鑑賞機会も提供していきたいと言う。ファッションショーも決してやらないわけではなく、新たな展開としてさまざまなパフォーマンスに取り組みたいそうだ。

 ここで一つ気がついたことがある。人はだれでも普段とは違う衣裳を身につけ、メイクをすればテンションが上がるものだ。その瞬間だけでも自分とは違う感情を覚えたり、言葉遣いや仕草が変わることがある。この感覚は演じること、パフォーマンスへの第一歩になりうるのではないだろうか。

 静岡県障害者文化芸術活動支援センター みらーとの所管はスポーツ・文化観光部文化局文化政策課。つまり日本を代表する公共劇場「SPAC- 静岡県舞台芸術センター」と同様だ。これまで所属俳優によるワークショップの経験もあるとのことで、次なる展開の可能性にも期待したい。

取材・文:いまいこういち
公開日:2023年3月

 

田代大輔

NPO法人を立ち上げ、障害のある人の芸術活動をサポートしていた友人の活動に触れたことがきっかけとなり、静岡県文化芸術活動支援センターで障害のある人のアート活動支援に携わることとなる。アート活動支援を通して、障害のある人のことや障害のことを知ってもらうきっかけづくりの場を拡げていきたい。

 

静岡県障害者文化芸術活動支援センターみらーとウェブサイト

関連の取組コラム

攻めの相談支援で「縫い針のように」つなぐ新たなネットワークを構築(山梨)

ネットワークを活用しながら、裾野を広げる役割を改めて認識(佐賀)

福祉現場の課題解決に大学のリソースと知見を活用する ―アーツセンターあきた

関連の取組事例

地域資源の連携ネットワーク型障害者芸術活動支援モデル「熊本方式」2018でまちづくり貢献

展覧会「であう、つたえるをかんがえる」

障害のある人と芸術文化活動の大見本市「きいて、みて、しって、見本市。」

ページのトップへ戻る