厚生労働省|障害者芸術文化活動普及支援事業

厚生労働省障害者芸術文化活動普及支援事業連携事務局

取組コラム

攻めの相談支援で「縫い針のように」つなぐ新たなネットワークを構築(山梨)

相談の声を届けてくれたところには、とことん寄り添っていく

新型コロナウイルス感染症に学んだという表現は適切ではないかもしれない。ただその期間に大事な大事な気づきがあったというケースはさまざまなジャンルで決して少なくないだろう。YAN 山梨アール・ブリュットネットワークセンターも、その例の一つかもしれない。令和4年度は、相談支援の重要性を再確認し、ネットワークのつなぎ直しをスタートさせた。しかもそれは「待ちの相談支援」ではなく、「攻めの相談支援」と言えるものかもしれない。

 山梨県にある八ヶ岳名水会は30年の歴史を持つ社会福祉法人だ。北杜市に拠点を置き、入所・通所施設をはじめ、空き家を活用してグループホームをいくつも整備するなど、20代から80代の利用者さんが地域と関わることのできる環境をつくってきた。同時にこの地域にはさまざまな作家が数多く住んでいたことから、日常の関わりの延長でアート活動が取り入れられてきた。太鼓、オカリナ、書道、絵画、ガラスアート……。一昨年からは全事業所を対象に滋賀県の信楽からやってくる先生による信楽の土を使った陶芸の時間も始まった。一時は創作活動のためのアトリエも持っていた。八ヶ岳名水会では「障害者の芸術活動支援モデル事業」に手を挙げ、2017年からYAN 山梨アール・ブリュットネットワークセンターとしての活動をスタートさせた。

YAN 山梨アール・ブリュットネットワークセンターが入った旧日野春小学校

アートカフェミーティングの様子

 YANのスタッフは専任3名の体制だ。障害者芸術文化活動普及支援事業のプログラムを現場で動かしているのは、学生時代に油絵を描いていたものの、通所施設で働いたことがきっかけになり自分にマッチする仕事だと感じ、支援員として八ヶ岳名水会に就職したセンター長の瀧澤聰さん。都内の美術大学を出て企業で働いた後、山梨県で教員募集があったことから引越し、美術を指導していた新田千枝さんは、YANの取り組みに惹かれてスタッフになった。

 瀧澤さんはモデル事業の当時をこう振り返る。

「新しい取り組みでしたから、何をどうやっていけばいいのか想像もつかないまま相談支援、研修会、発表の場をつくるなどの事業を進めていました。それも計画的にというより、やらなければいけないことをとにかくこなすといった感じでいた印象があります。それらがうまくいく場合もあれば、うまくいかない場合もあって。私自身、突貫工事のように展覧会を立ち上げてきたことに違和感を抱いていたんです。それよりももう少し障害のある作家の方と真剣に、丁寧に関わっていきたいという思いがありましたし、この事業がどうあるべきかをすごく考えていた時期でもありました」

平成30年度「呼吸をするように生まれたものたちPart2」生み出すコーナーより

平成30年度「呼吸をするように生まれたものたちPart2」展開するコーナーより

令和2年度「呼吸をするように生まれたものたち Part4」だるまプロジェクト

 YANでは、アートカフェミーティングという独自の取り組みを定期的に開催している。多様な人びとが集まって自由に意見を述べ合う会で、そこで生まれたアイデアやネットワークをもとに、障害のある人の権利保護や芸術活動を支援するための研修会や展覧会につなげてきた。

 このアートカフェミーティングも紆余曲折あったコンテンツだという。数年続けるうちに集まる顔ぶれも固定化し、新規のメンバーが入ってきても長くは続かない状況になっていた。そして中心メンバーもかつてとは違い、自分たちで企画を立てて実施できるようなスキルも身につけていた。「福祉の仕事をしている方々が勤務後にわざわざ集まってくださるのだから、集まる意義がある会にしなければ申し訳ないと、何かにつなげて形にすることばかり考えていましたね。二人ともそのことにずっとモヤモヤしていて。改めて会をやり続けることではなく、なぜ、そしてだれのためにやるのかについて話し合っていたころにコロナが拡大したんです。集まって話ができなくなったときに、会の意義について根本から考え直すうち、今まで車座になって何かの目的のために話すことが連携、ネットワークだと考えていたけれど、YANが悩みごと困りごとのある事業所さんを訪ねて、1件1件に寄り添っていくこと、関わった事業所さん同士をつないでいくことをネットワークと捉えようということになり、令和4年度はいろいろな事業所さんを回りました」(新田さん)

「つまり次の展開として、広がりを外に持っていこうということです。私たちはコロナ禍で身動きが取れなかったときに、県内の事業所さんの活動状況を把握したり、意見を集めてみようとアンケート作成・管理ソフトウェアやメール、FAXなどでアンケートを取ったんです。すると芸術文化活動を始めたいけれど、どうしたらいいかわからないという未開拓の事業所さんが結構あることがわかった。だったらYANがそうした事業所さんを直接訪問しワークショップを一緒に楽しむ中で、もっと皆さんから具体的な言葉を引き出せばいいんだと。またそのワークショップ体験を通して、こういう工夫をすれば自分たちでもできるかもしれないと気がついていただけるようなやり方に移行したんです」(瀧澤さん)

 お二人は事前に電話やメールで、訪れる事業所が何に興味があるのかを聞き取り、自分たちでやったことのないテーマの場合は事前に何度か試したりもする。さらには会場を下見し建物の様子や雰囲気なども念入りに調べてから本番を迎えていた。そして実際に実施してこそ、初めてわかることもある。

 二人が実感した事業所の魅力、強みを、別の事業所さんの困りごとの解決のためにつなぐことも生まれ始めた。

「アートカフェミーティング出張ワークショップ」(ステンドグラス)

「アートカフェミーティング出張ワークショップ」(藍染め)

 「支援センターとしては芸術文化を普及して、みんながどんどん取り組んでくれるようにすることが役割なのかもしれません。ただ芸術文化はやらせるものでもないと思うんです。やりたいという思いが湧き上がった人がいて、困りごとがあったら私たちがそっと力添えするという構図が良いと考えます。先頭に立って引っ張るのではなく、やってみようと思えるような種まきをする。気の遠くなるような作業かもしれないけど、その方法が良いと思っています。だから芽吹いてもいないところに、やろうよやろうよとは言いません。しかし勇気を持って連絡してくれた方々のところには徹底して、応えたい。時間をそこに割きたい。アンケートに困りごとが記されていたらまずは出かけて、その方々の周辺の様子をリサーチして、背景にあるものを読み取りながら、どうアプローチするかを考えます。私たちのことを知っていただきながら関係性をつくっていくという感じです。そこは大都市とは違って相談の数がコンパクトな山梨県だから、私たちだからできることなのかもしれない」(瀧澤さん)

 新田さんはこれを「縫い針のように動くネットワーク」と表現する。新たな関係を紡ぐアートカフェミーティングが今年度から始まった。

 

相談支援から始まった地域の企業との関係も、きっかけであり入口が役割

 こうした取り組みは福祉業界にとどまらない。相談は民間企業からもやってくるからだ。

 ある精神科病院デイケアからはYANと共同でゼロから展覧会を立ち上げたいという相談があった。

「私たちがその事業を共同でやっていくのは難しいけれど、つくっていく場面にはできる限り寄り添いますからとスタートしました。アドバイザー的な立場で継続的に関わり、展示方法のレクチャーなど可能な範囲でサポートし、展覧会の実現に寄り添うことができました。すると2回目の展覧会からは皆さんの力だけで実施されていました。そのときに今度は展覧会でワークショップをやってみたいという相談があって。どういうワークショップができるかを私たちが提案して、実際に出かけていって体験してもらいました。アートのことはあまりわからないけど、やってみたいんだ!と気持ちのある方々でした」(新田さん)

精神科デイケアのスタッフ・利用者さんが実現させた初めての展覧会

 山梨県はワインの産地だが、ある時、地元ワイナリーからワインラベルについての相談があった。ワイナリーの担当者からは、障害のある人の絵をワインラベルにして販売し、ふるさと納税の返礼品として展開したい、YANに間に入って作家とつなげてほしいとの依頼内容であった。

「私たちの方で何名かの作家を紹介させていただきました。その後2名の作家がワイナリーによって選ばれ、ワイナリーと作家が契約に至るまでの手続きをお手伝いさせていただきました」(瀧澤さん)

 作家には現在も売り上げの10パーセントが月々デザイン料として支払われている。

作家さんの作品をラベルに採用したワイン

 また県内唯一のデパートから、チャリティTシャツをつくりたいという相談があった。YAN3名の作家を紹介し、契約締結するまでを仲介した。当初、デパート側は寄付先として、県内でアート活動をしている福祉施設を考えていた。しかしYANとしては、障害のある作家がチャリティのデザイナーとして関わり、コロナ禍で頑張っている医療従事者に寄付金を届けることを提案した。

「作家さんがデザイナーとしてチャリティ事業に仕事として参画したわけです。作家さんも自分の絵が社会の役に立ったという自信を持たれ、またTシャツになった喜びを伝えてくださいました」(新田さん)

 デパート側は、デザイナーである3名の作家と一緒に県庁を訪問し、寄付金を届ける計画だった。コロナ感染状況が悪化し訪庁は叶わなかったが、後日県庁を通じて医療従事者に寄付金が届けられた。

チャリティTシャツ展示販売会の様子

 立て続けのプロジェクトに、お二人も「自分たちでも民間企業とこんなことができるんだ」という自信にもつながっていると言う。そして、ここにも過去モデル事業で、イベントをやりっぱなしにしてしまった反省からのやり直しの思いがある。

「相談を受けて、商品ができて良かった良かったで終わらせるのではなく、次につなげていくことが重要です。新たな機会があったとき、私たちがいなくても両者がかかわり合えるような環境づくりまでをやろうという気持ちでいます。新たな展開があってもYANを必ず通さなければいけないということでもなく、いつもしっかり契約書を交わし、安心できる環境のもとでものづくりを展開していただければということです」(瀧澤さん)

 もちろん双方に困りごとがある場合は、YANが出ていって、関係性を継続できるように仲介する。「私たちはきっかけであり入口の役割ができればいいのです」とお二人は語る。

(取材・文 いまいこういち)
公開日:2023年3月

瀧澤 聰

平成26年に社会福祉法人八ヶ岳名水会入職。平成28年に企画事業部に所属し、YAN山梨アール・ブリュットネットワークセンター事務局へ。平成31年よりYAN 山梨アール・ブリュットネットワークセンター センター長就任。入所施設で勤務した2年間、利用者さんと一緒に楽しんだアート活動の経験が、芸術文化の仕事をする上での大きな原動力となっている。

 

新田 千枝

美大を卒業し一般企業を退職後、山梨県に移住し教職(高校美術教員)に就く。なじみの画材屋さんでYANスタッフ募集の情報を得て、YANが主催する展覧会を鑑賞し感銘を受け転職を決意。平成29年に社会福祉法人八ヶ岳名水会に入職、YANスタッフに採用。3年間は法人のアトリエ運営を兼務し、現在はYANの専属となる

YAN 山梨アール・ブリュットネットワークセンター ウェブサイト

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