厚生労働省|障害者芸術文化活動普及支援事業

厚生労働省障害者芸術文化活動普及支援事業連携事務局

取組コラム

ネットワークを活用しながら、裾野を広げる役割を改めて認識(佐賀)

だれもが参加できるために、障壁を低くする視点は持ち続けて

「佐賀県芸術活動支援センター SANC(サンク)」の拠点は、佐賀市内の閑静な住宅街にある一軒家を改装したアトリエ・サンクだ。絵筆や画材が整然と並び、アート活動から生まれた作品が壁に飾られたこぢんまりとしたアトリエだが、2020年に「障害者の生涯学習を支える個人や団体に贈られる文部科学大臣表彰」を運営母体の「社会福祉法人はる」が受賞するなど、地道な活動の積み重ねで障害のある人の芸術文化活動の環境を耕してきた。佐賀県芸術活動支援センター SANCとして、アトリエ・サンクはどのように地域に種を蒔いているのだろう。

アトリエ・サンク

 SANCの専任スタッフ・大石哲也さんは、東京でデザイナーとしてのキャリアを積んだ後、地元の佐賀に戻ってきた。妹さんがダウン症だったこともあり、仕事を通して障害のある人と接点を持てないものかと以前から考えていたそうだ。佐賀に戻ってしばらくWEB制作会社に勤務していたが、「はる」がアート支援の人材を募ったことから縁が生まれた。

 「はる」ではアート活動から生まれる豊かさを大切に考え、障害者芸術文化活動普及支援事業で九州の広域センター(九州障害者アートサポートセンター)を務める「特定非営利活動法人まる」などからアドバイスをもらいながら支援センターとしての活動を開始し、2015年にアトリエ・サンクを立ち上げ、拠点としてきた。また、普及支援事業には前段の「障害者の芸術活動支援モデル事業」のころから携わっており、大石さんが入社する前にアトリエを中心としたアートやパフォーマンス、大学の先生、法律関係者などのネットワークが前任者(上田諭さん)によって築かれていた。前任者と1年ほど仕事をした後、大石さんは今、「はる」のB型事業所とを兼任する嵯峨昌紀さんとともにサンクを運営している。

アトリエ・サンクでの「ゆっつらアートデイ」の様子

アトリエ・サンクでの「ゆっつらアートデイ」の様子

 令和4年度の佐賀県芸術活動支援センター サンク=アトリエ・サンクの活動を振り返ってみる。

 美術関係は、アトリエで月に1回実施する『ゆっつらアートデイ』、障害のある方とアートに取り組んでみたいという方を対象にしたアート体感プログラム『創作体験ワークショップ』、『がばいアーティストたち~これだれが描いたの?』に向けて興味のある人がだれでも参加できる連続講座『がばいアーティストたち展を一緒につくりませんか?』などとなっている。

 パフォーマンス関係は、早くから障害のある人との演劇に取り組んでいた小松原修氏に引っ張ってもらいながら『スター発掘☆プロジェクト』をスタートした。今年度からは、障害の有無に関わらずさまざまな人がパフォーマンスを通して交流を広げていくための場としてYouTube番組『スター発掘TV』をスタート。『スター発掘TV』では、どんぐり村というテーマパーク内にある就労支援施設で出張開催もした。

 そのほか「障がいのある方の創作活動にまつわる権利擁護」をテーマにしたセミナー&相談会を開催したり、音楽とアートの祭典『佐賀さいこうフェス』に参加したり。とにかく、アトリエから外へ出ていく、興味ある人に出会い、巻き込んでいくという姿勢が一貫している。講師は専門家に任せ、大石さんや嵯峨さんは後方支援に徹している。

『スター発掘☆プロジェクト』より

『スター発掘☆プロジェクト』より

『スター発掘TV』収録の様子

 展覧会『がばいアーティストたち~これだれが描いたの?』を例に、もう少し詳しく紹介してみたい。「がばい」は、佐賀弁で「とても」「非常に」を意味する言葉で、Tシャツをキャンバスとして障害のある人の作品を展示する企画だ。当初は佐賀県でもっとも人通りが多いショッピングモールの一角を展示会場に開催し、訪れたお客さんにフラットな目線のまま鑑賞してもらいたいという狙いがあってTシャツによる展示スタイルが選ばれたのだそう。ちなみにTシャツは受注販売し、原価を除いてすべて出展アーティストの収入となっている。この取り組みは展示会場を市民交流センターに移した今も同じ方法で継続していて、楽しみにしているファンも多い。

『がばいアーティストたち』

『がばいアーティストたち』

 サンクでは、地域の福祉事業所や障害のある人の作品に興味を持つ人たちと、より良い展覧会を開くための連続企画を毎年実施している。「作品を持ち寄って見せ合おう 対面版」「作品を持ち寄って見せ合おう オンライン版」「アイデアを出し合おう」「展示準備を整えよう」の4回の講座を経た参加者によって『がばいアーティストたち』展はつくられる。企画アドバイザーは佐賀大学芸術地域デザイン学部の花田伸一准教授だ。

『がばいアーティストたち』実行委員会の会議の様子

「参加者が増えてくる中でかなり軌道修正をしていきました。最初のころは人数が少なかったので皆さんと話し合ってコンセプトから決めましょうということができました。しかし初めての方、継続参加されている方といろいろな参加者がいらっしゃる中で同じことをやろうとしたらなかなかうまくいかず、運営側で意見をまとめるようなことになってしまって、同じようなやり方で続けていくのは難しいと感じました。

参加者のモチベーションや温度差もさまざまで、展覧会づくりを学びたいわけではない方もいらっしゃる。でも展覧会を通していろいろな人が集まり、関わっていただくことでいいものが生まれているのは明らかでした。参加者の横のつながりも時間をかけてつくっていくので、参加者同士の関係性が深まってきている。それなら、基本的な枠組みは運営側で用意して、関係づくりを大切にすることを軸にしてはどうかと。参加者の皆さんが主体的にできることを話し合い、交流できる機会を増やしていこうと修正していったんです」

 この企画をきっかけに、地域で作品を発表できる機会が増えて、障害のある人の芸術文化活動を知ってもらうことを狙いにしていたが、実際そういう動きにもつながっているという。

 

出会いを大事にしていく中で感じた違和感

 障害者芸術文化活動普及支援事業についてよく知らずに飛び込んだと笑う大石さんだが、県の指針をもとにプログラムを考え、事業をしていく中で、ある気づきが生まれていったと言う。

「アトリエに参加してくださっている方が常連の方ばかりという時期があったんです。常連の方がいらっしゃるのはうれしいことなんですが、もしかしたら、多少遠くても通える手段がある方でないと参加しにくい運営をしているんじゃないかなと気になったのです。佐賀は車がないとどこに行くにも不便なので……。だれでも参加できるという環境をつくることは簡単ではないのですが、それでもできるだけ参加への障壁を低くしていくという視点は持っておきたい。そのためには、企画の立て方、運営の仕方を見直したほうが良いところがあるのではないかと思ったんです」(大石さん)

 そのタイミングで新型ウイルス感染症、コロナが流行ったことで、さらに事業を見直ししようと思う気づきを与えられる。

「コロナ禍で何もできなくなってしまいそうだったので、対面でやっていた事業をほぼリモートに切り替えたんです。県内のいろいろなところから参加してもらえるだろうと予想していたら、圧倒的に県外から参加する方が多かった。それでも佐賀市からの参加は多かったけれど、周囲の地区からの参加がかなり少なかったんです。このままでは良くないと考え、次年度から創作ワークショップとパフォーマンス系の企画を県内のいろいろな地区で開催するようにしました。実際に出向いていくと、近くで開催されたから参加できたという声を結構いただいて、これは継続していかないといけないと思いました。

 いろいろな地域を回っていく中で、何か一緒にやってみたいという人とつながって、『ゆっつらアートデイ』みたいな活動を開催できる拠点がいろいろな地域にできていくような流れをつくれるといいなと思っています。サンクの活動や普及支援事業がなんらかの理由で継続できなくなったら、この取り組みが止まってしまいますから」(大石さん)

 全国連絡会議の中で実施したインパクト評価、ロジックモデルの作成の研修で学んだことをサンクなりに試し、参考にしながら事業計画に役立ていた。

 ロジックモデルを応用して事業のバランスチェックシートをつくってみたところ、パフォーマンス系の企画では入口になるようなワークショップを開催していたが、美術系の企画ではそれがなくなっていたことに気がついた。支援者を主な対象にした座学のセミナーや、展覧会づくりの企画は継続していたものの、サンク初期の「コンサルテーション事業」で取り組んでいた、障害のある人と支援者が一緒に取り組める体験型の企画は続けていなかったのだ。

 令和3年からのプログラムは、こういう流れの中で組み立てられた。

 

障害のある人の芸術文化活動に関心が集まる先に

 この原稿を書くために検索など調べ物をしていると、佐賀県では障害のある人の展覧会が多いのではないかと感じた。これはサンクによる種まきが成果となっているのかもしれない。また、ここ数年、「芸術文化活動」を中心に据えた就労継続支援B型の福祉事業所が複数開設され、その一つの事業所(医療法人清明会 障害福祉サービス事業所 PICFA)が2021年から県の文化課とともに全国規模のアールブリュット展『関係するアート展』(主催:佐賀県)を開催している。なんと初年度は9千人、2年目は1万人を超える入場者があった。そうした地域の動向を喜びながらも、大石さんは冷静に今後の取り組みを考えている。

『関係するアート展vol.2 』より

『関係するアート展vol.2』より

「佐賀県の人口はおよそ80万人ですから、1万人の動員はすごい数だと思います。障害のある人の芸術文化活動に関心を持ってくださる人は徐々に増えている印象があります。それによって、サンクの役割を考えやすくなってきたように思っています。

 たとえば佐賀県はスポーツにおいて、トップアスリートの養成と同時に、スポーツを楽しむという入口の部分も大切にしようとしています。これを障害者芸術に置き換えると、上へのベクトルが何かというのは一概には言えないのですが、アートを通じた社会参加・自己実現など、より高度な専門性が必要な活動に据えたとき、支援センターとしてサンクがまずしっかりと取り組むべきことは、障害のある人が芸術文化に出会い、気軽に楽しめ、気軽に取り組める入口を増やしていくことなのかなと思います」

 大石さんは、現在の状況と目標をビジュアル化したものを示しながら語ってくれた。

 サンクの活動は、障害者芸術文化活動普及支援事業の所管である佐賀県文化課とコミュニケーションを重ね、文化課・障害福祉課とともに、福祉事業者などを対象に2年に1度芸術文化活動の状況に関するアンケート調査を実施するなど、変わりゆく佐賀県全域の状況を敏感に察知しながら、(同時に、状況を察知することの難しさも感じながら)またサンクがたどっている道を常に振り返りながら次へのステップを上がっていく。

取材・文:いまいこういち
公開日:2023年3月

 

 

大石哲也

佐賀県生まれ。大学卒業後、デザイン事務所に拾ってもらったところからグラフィックデザインに携わる。その後、音楽・出版関係の隅の方でフリーランスのデザイナーとして活動。傍でカウンセリング、ユニバーサルデザインを学ぶ。佐賀にUターンした後、Web制作会社勤務を経て現職。SANCでは企画・運営・デザインなどを担当。

◆佐賀県障がい者芸術活動支援センター SANCウェブサイト

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